この本は、前半(第1章~第5章)は、寝台特急の歴史を要点を絞って、あまり知られていないエピソードを交えながら振り返ります。
後半(第6章)は、ブルートレイン・臨時ブルートレイン・ブルートレインを除く客車寝台特急・電車寝台特急別に、列車愛称名ごとに、秘密のエピソードを紹介します。
この本は、寝台特急をポイントを押さえて、全体を把握するのに適し、ところどころであまり知られていない面白いエピソードを知ることが出来ます。
この本は、前半(第1章~第5章)は、寝台特急の歴史を要点を絞って、あまり知られていないエピソードを交えながら振り返ります。
後半(第6章)は、ブルートレイン・臨時ブルートレイン・ブルートレインを除く客車寝台特急・電車寝台特急別に、列車愛称名ごとに、秘密のエピソードを紹介します。
この本は、寝台特急をポイントを押さえて、全体を把握するのに適し、ところどころであまり知られていない面白いエピソードを知ることが出来ます。
タイトルでは、クロ151登場となっているが、単なる1車種のデビューにとどまらない。
当時、考えつくされた最も豪華な車両クロ151のデビューによって、戦前からの国鉄
シンボル特急「つばめ」「はと」を客車から電車に置き換えて、これからの特急は、
客車を辞めて電車で運行する!という決意を示したものである。世界の潮流に逆らう
事実上の大日本電車帝国の設立宣言であった。
車両は大きく分けて、4人掛けソファーの区分室とじゅうたんの通路を挟んで両側に
1人掛けのR2形回転式フットレスト付きのリクライニングシートをシートピッチ1,100㎜
で7脚ずつ配置した開放室に分かれていた。
各座席には、給仕(ボーイ)の呼び出しボタン・シートラジオ及び電話ジャック(給仕が
ポータブル電話器を持参し座席で通話出来る)を備え、おしぼり・紅茶・クッキーがふるま
われた。
運賃は、3等級制の2等料金(パーラーカー特別料金6,100円)が適用され、客車特急の
展望車1等料金(7,640円)から値下げとなった。
なお、最終製作車両のクロ151の12号車の区分室の窓は、VIP仕様の3層防弾ガラスと
なっていた。
国鉄末期の昭和55年、上越線の古い電気機関車を置き換えるために、全く新
規で製作される電気機関車は、相当ハイテクな装備を施した物が出来上がるだ
ろうと予想していたが、その予想は当たらなかった。
特に、サイリスタチョッパ制御式の電力回生ブレーキは、最低限装備していただ
ろうと思ったが、結果は違った。その未搭載の理由は以下の通りだった。
①製造費が高くなること
②変電所の改良と増強が必要になること
③制御方式が全く異なるため、新旧機が混在すると、運用面に不都合が出ること
④新形式の導入は、労働組合の合意に達するまで時間がかかること
であった。
しかし、出来上がった電気機関車の外観はそうそうたるもので、側面の1440㎜×
1190㎜の3枚の鎧戸の迫力は相当なもので、むしろ、電力回生ブレーキより、大
型の主抵抗器を積んだこちらの方が、精悍なイメージがあって良かったというもの
である。