ほぼ日本では相手にされなくなったので
「金」持ちだけがトリエで今まで来たのだから。
結局のところ、チヤホヤされたくて、
わざわざ外国まで行くのだろう。

しかし、現政権の外交・防衛にも支障をきたしかねないので
馬鹿・阿呆と、ほって置くわけにはいかない。

何とかする法律がない以上
元総理の権限で 元総理を制するしかないだろう。

シリア行きのパスポートと同じこと
個人の問題ではなく
日本の外交・防衛に大きくかかわってくる訳だから
元総理の行動も同じく制限すべきだろう。

そんなのをダシに使う国も国だが。
最近、どの容疑者も否認だの黙秘だの言うが
もし、刑が確定する際には
裁判に非協力的ということで
その分罪を割り増しするべきだろう
逆に協力的ならば減刑もすべきだろう。

たとえば大きな犯罪を目的に
小さな犯罪を多数起こして
捜査・警備をかく乱する可能性が
なきにしもあらずや。

たとえば
復讐する相手が一人なら
捕まったら迷うことなくすぐに話すと思う。

まだほかに復讐する相手がいるとしたら
なんとしても無罪になって
復讐を続けようとするだろう。

または、組のもので
つかまったらそう言えと
言われているのかと
勘ぐってしまう。

あるいは捕まりたくないだけとしたら
言語道断。

弁護士が先々罪を軽くするために
言わせたとしたら共謀とも思えるくらいだ。

黙秘するも否認するも
もしかして無罪になれば
儲けもの感覚で言ったとすると、
供述詐称・嘘を言った事と同じこと。

黙秘・否認は十分な証拠をそろえろと
言っているようなもの。

その分の負担は良くも悪くも自分に返ることになれば
少しは犯罪の抑制・早期解明にも成るのでは。
70年50年のキネン行事はやめて
終戦70周年祈念談話として

日本は今まで同様
国際平和のために貢献することを
世界に誓う。
とだけ言えばいいのではないかと思う。

今までの談話でさえも

まだ日本は謝罪を言ってないと言われては、
聞く耳持たぬものに何度言ってもおなじこと。
聞いてないことがわかっただけでも
めっけもん。

世界はちゃんと見てます。聞いてます。

記念じゃなくて祈念です。

It is a prayer rather'm Memorial.
(Google翻訳より)