裁判中の案件もあるし,個人情報の観点から実際の筆跡を掲載することはできないので,ほぼ同じ程度の相違のある写真のサンプルをご覧いただきたい。

Aが本人筆跡である。遺言書であり,自分の文字を隠して書く必要がないから,Bの筆跡が本人のものであれば偽造して書くはずもない。つまり,Bの筆跡がA本人のものであればAの自然筆跡ということになる。

 

皆さんは,この筆跡を見て,同じ人物の筆跡であると思うのだろうか?

 

すべての裁判とは言えないが,これが同一人物の筆跡であるのか別人のものであるのか,なんと数年にわたり裁判が継続中である。これが別人の筆跡であることを判断できない理由がある。

 

東京地裁平成26年11月25日判決

「同一人でも,その時々の状況により,筆跡は変動し得るものであり,また,筆跡鑑定は多分に鑑定人の経験と勘に頼ることがあり,筆跡鑑定の証明力には限界がある」

 

この判例に見られる通り「Aの人物がBの筆跡を書いてもおかしくはない。なぜなら,筆跡は書くことに異なるし,筆跡鑑定の証明力には限界があるから」という理由である。

 

この判例は筆跡の研究機関が検証したものではなく,司法の人間がエビデンスもなく,また自分の経験則のみでこのような判例を作り上げたといっても過言ではない。

 

「Bの筆跡はAでは書けない」とエビデンスのある鑑定書を提出しても,採用されないケースの方が多い。なぜなら,相手方弁護士は,この判例を持ち出すからである。私の長年積み上げてきた研究成果よりも,判例の方が遥かに大きな影響力を持つ。

 

また,いくら当職がこのようなことを述べても,筆跡鑑定とは関係のない法学部出身で鑑定を趣味で行っていたという,随分前の経歴で相手にもしてくれない現実が一部の裁判所にはある。

 

さらに驚くことに,この明らかに異なる筆跡を「同一人の筆跡」と鑑定書を出してくる鑑定人は一人や二人ではない。資格制度のない大きな弊害が,さらに筆跡鑑定の消えそうな灯に息を吹きかけてくる。

 

それでは,筆跡鑑定の証拠能力について絶大な影響力のある「科学警察研究所 情報科学第二研究室」は筆跡鑑定の現在の証拠能力について言及すればよいと考えるが,当職が知っている限り,半世紀以上なんの言及もない。お前らいい加減にせよと怒りがこみあげてくる。

 

筆跡鑑定の灯が消える前に,何とか手を打たなければ筆跡裁判で善良な方の権利や財産の保証はなくなる。偽造は日常的に行われていることは,鑑定人である当職が一番知っている。