地味メタボリX -98ページ目

メタボリ番長の機材



メタボリ番長のコラム-st68jhbk
フェンダージャパンST68JH

 

 

今回は、リクエストに応じてメタボリ番長の機材を紹介しましょう。

 

上の写真はメインのストラトです。まぁメインっつっても、今レフティはこれしか持ってませんが。2007年春に購入したもので、まだまだウブなルックスです。USAでも良いストラトは一杯あるんでしょうけど、気兼ね無くいじれるし、やっぱりMade in Japanが手軽でいいですね。以前もレフティストラトは持ってましたが、やはりFender Japan製でした。
入手後の変更点はスイッチ、ジャックをUSA製に交換、コントロールノブの利く向きを右用に変更、それとネックの握りがイマイチだったので思い切ってリシェイプし、ポジションマークを上側(コントロール類側)にも追加しました。つまり両側にポジションマークがあります(笑)。もろもろの追加投資で、もう1本同じのが買えるくらいかかってる気が....
ピックアップは購入当時からそのまま。昔、一時期テキサススペシャル等にもハマってましたが、やっぱりUSA Vintageのままで充分いい音が出る(出せる?)と思います。弦はジミが使っていたという「010、013、015、026、032、038」にこだわってリサーチすると、Fenderの3150TRというのがあるのが分かり、今のところこれを愛用しています。しかしこのセット、日本の楽器店には入ってきていません。泣く泣くネットで直輸入.....

 

ギターの次はエフェクター。

 


メタボリ番長のコラム-effects


メタボリ番長のコラム-fuzzface
エフェクター達。赤い方のFUZZFACEは80年代?製。
そして赤FUZZFACEのトランジスタ「BC109C」。

 

 

これらのエフェクターには改造の手は加えていません。写真に青いFUZZFACEが写ってますが、これは最近発売されたJim Dunlop JH-F1です。でも赤の80年代製FUZZFACEに比べると歪みが少し大人しい印象で、今後使っていくかどうか微妙です。
ステージでは、VOXワウ(V847)→赤FUZZFACE→FUZZFACTRY→Jim Dunlop UNI-VIBEの順です。当然2つのFUZZを同時にかけたりしませんが、違う歪み方が欲しくなったときにFUZZFACTRYを踏んでます。あと、赤FUZZFACEはたまに暴走したり音が出なくなったりします(笑)ので、保険にもなってます。
FUZZって奥深いですね.....FUZZFACTRYにはFUZZFACTRYの良さがありますが、いかんせん筐体が小さいため、踏んだときにツマミが回ってしまうことがあるのが難点です。あと最近は使ってませんが、エレハモの80年代頃のビッグマフなんかも持ってます。

 

次はアンプ。もちろんマーシャルです。

 


メタボリ番長のコラム-marshall-1



メタボリ番長のコラム-marshall-2
ヘッドは1973年製Marshall Super Lead 100w。
キャビはたぶん1990年代くらいのもの。

 

 

最初は90年代のリイシューで50Wの上下セットを友人から格安で譲ってもらいました。ヤマハ経由ではなくイギリス直輸入だったそうです。
その後、キャビはずっと使ってますが、やっぱり100Wの音が欲しくなり、楽器屋でオールドの100Wヘッドを数個試奏し、一番元気な音だったこの1973年製にたどり着きました(60年代製もあったものの、値段が高かったというのもありますが)。そして入手後程なく裏のインピーダンスセレクターを無くしてしまい、内部で16Ω固定結線.....orz
数年前、使い勝手を考えてマスターボリュームを追加したので、プレゼンスは後ろ側についてます(いつも0ですけど)。その際バイアス調整も行ったので歪みがちょっと強く、ボリュームは目盛り4前後で充分な感じです。ちょっと歪みを抑える再改造をしようか検討中。
いつも左上(Ⅰのハイ)にだけプラグインしてます。ステップアップトランスも一応持ってますが、ほとんど使いません。重いし(笑)。

 

それから小物ですが、ピックはFenderティアドロップ型ミディアム、シールドはVoxカールコード(エフェクター間を除く)を使用しています。ステージマイクにいつも装着しているスポンジは、通常は風除けに使うんでしょうけど、口への感電防止という重要な目的を含んでます(笑)。


 

それでは、また!


 





メタボリ番長のコラム-univ1 メタボリ番長のコラム-univ2
おまけ。恐らく昭和48年3月製造(笑)の「Shin-ei Companion UNI-VIBE」。
流石の音が得られるものの、今はイマイチ調子悪く、使ってません。

ジミ本紹介


メタボリ番長のコラム-books1


当然ながら、メタボリ番長はそれなりの量のジミ本(ビニ本ではない)をコレクションしており、今では販売されていないものもあります。
今回は、その中から面白そうなものをピックアップして紹介しましょう。

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Player別冊「JIMI HENDRIX」

 

 

1977年発行のジミ本です。確かメタボリ番長が10代のころ、ただノエルCOXがどっかから借りてきたか何かで見た覚えがありました。んで、最近ヤフオクで見つけたので入手し、実に久しぶりに本書を手にすることが出来ました。

レス・ポール、ジョン・マクラフリン、ジョニー・ウインター、マイク・ブルームフィールド、山岸潤史さんなど多くのミュージシャンや、関係者がジミとの思い出を語っています。特に山岸さんの関西弁まじりの熱弁ぶりは笑えます。(「あぁ、これないわぁ!」.....「存在感がすごいんや。」.....等々)。
他にもプレイテクニックや機材の紹介、小林克己さんによる「RED HOUSE」コピー譜(何と手書き5線譜!)、ヒストリーなど充実してます。
ただ、1977年という時代もあって、あまり正確でない情報も多いようです。12弦アコースティックギターの弾き語りが、映画「ジミ・ヘンドリックス」のサントラのためにレコーディングされたとか、ジプシーズの「Who Knows」中間でのオクタヴィアでのソロを
「チューニングをベロンベロンに下げてワウ掛けて弾いてる」とか。本当にそうだったら凄いけど。それないわぁwww

アルバムの紹介ページには、今売られていないものもありますね。


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アルバム紹介のページ


当時はアナログLPの時代ですから、当然、今ではCDで見かけるものは少なくなっていますが、ジャケットデザイン違いもカウントすると、上の写真のアルバム、全部持ってますよ。この中では「インザウエスト」が一番の愛聴盤でした。いまでは別個にCDで聴けますけど。

あと、面白いのが「質問箱」。質問って、応募してたんでしょうか?


メタボリ番長のコラム-j-player3


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「ジミはどこで洋服を買ってたんですか?」.....知ってどうする?買いに行くのか? 回答の「最高にギンギラギン」という言い回しにも凄いものがありますね。まあ、これくらいはいいとして、「スタジオを水でいっぱいにしてレコーディングしたそうですが、本当ですか?」.....どんだけ水使うんだYo! 壊れるってwww でも回答には「バケツに水をはって、その中にスピーカーを入れてレコーディングしたことがある」ってなってますね。これは他の本でも見たことがあります。実際にはプラスティック・スピーカーを水に入れてジミのギターを録音したことがあるそうですが、使いものにはならない音だったとか。スゴイですねぇ。

あとは当時ならではの「人脈図」。巻末にくっついてます。


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人脈図




当時は流行っていたようですね、こういうの。で、これ、裏面が白黒ポスターになっているのですが、きっちり糊付けされており.....はい、使い道が分かりません。




また機会があれば他の本も紹介しましょう。



メタボリ番長のハマリ具合


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中学校時代の美術の作品



上の写真は、メタボリ番長が中学生の頃、美術の授業でエッチングを用いた課題で作ったという品です。雑誌で見つけたジミの白黒写真を見ながら、せこせこと、この20cm四方ほどの銅版に穴を開けて作ったものです。

かつて、リッチー・ブラックモアをきっかけに中1でエレキギター(初めてのは赤色の通販ムスタング)を弾き始めたメタボリ番長は、その1年ほど後には実兄のただノエルCOXに薦められたジミ・ヘンドリックスにハマっていき、上記のようなモノまで作ってしまう程のリスペクトぶりになってしまいました。
当時は現在ほど文献や音源も出回っておらず、ようやくMTVのテレビ放送や、VHSビデオが発売されだして、映像でジミの姿を拝めるようになったくらいの時代でした。初めて映像で見たのは「ARE YOU EXPERIENCED?」のPVで、色んな所のライヴ映像が次々に映し出される内容だったと覚えています。同PVでジミの様々なステージアクション、さらにはギターを燃やしてしまうパフォーマンスは当時中学生のメタボリ番長にとって強烈過ぎました。
その後、近所のレコード屋でジミのレコードを少しずつ取り寄せてもらって、小遣いの中からレコードを徐々に購入していきました。VHSビデオもモンタレーのドキュメンタリー映画や、マウイでのライブ(当時はレインボーブリッジからの抜粋版が売られてました)、バークレー、「FILM ABOUT JIMI HENDRIX」など、国内版や、国内版が無ければ輸入版で、徐々にコレクションしていきました。(一部、ただノエルCOXに購入してもらったのもあったかな?) 

という訳で、この当時のメタボリ番長は、かなりハマってました。上記の美術の作品もそうですが、下の写真からでもジミの影響が垣間見えます。


メタボリ番長のコラム-kasuga
中学校の卒業アルバムより



さすがに、この頃はメタボってません(笑)。
んで、これ、分かりにくいかも知れませんが、ひそかに
鼻の穴を膨らませているんです。「ジミの鼻になりたい!」って思ってたんですねぇ(何で鼻やねん.....www)。
あと、現物が残ってないので写真はありませんが、当時のメタボリ番長の生徒手帳には、雑誌から切り抜いたジミの顔写真を貼りつけ、名前欄にも雑誌から切り取った「ジミ・ヘンドリックス」の文字を貼ってました。クラスメイトの中には、私のことを「ジミ」(そのまんまですがwww)と呼んでくれるヤツもいました。

中学校時代はバンド結成までには至りませんでしたが、しょっちゅう家でジミの曲を弾いてました。
高校に入ると、美術と音楽の授業はいずれかの選択制だったんですが、当然メタボリ番長は音楽を選択。1年生の終わりに自由発表の課題があったので、みんなは笛やピアノ、唄ったりとかやるのが普通な訳ですが、メタボリ番長はストラトキャスターとファズ、ワウを学校に持ち込んで、ジミのアメリカ国歌をノイズまじりでソロ演奏し、級友たちはある意味ドン引きだったものの、音楽の先生は高評価をつけてくれた、なんてこともありました。
あとはやっぱりメンバーを探して、バンド結成ですね。高校でのバンド、それから中学校時代の友人ともバンドを組み、3種類くらいメンツの異なるバンドがあったんですが、プレイする曲はあまり変わりなく演ってました。レパートリーは、ジミは勿論のこと、クリーム、グランドファンク、ディープパープル、それからやっぱり当時のメンバーの好みも取り入れて、ボンジョヴィ、モトリークルー、アースシェイカーとか、かなり異質な取り合わせの曲のラインナップでした。ある意味、芸達者になったかな?


メタボリ番長のコラム-ichijo
高校時代、文化祭でのショット



その後、大学で軽音楽部に入ってからは、かなりジャンルも色々、精力的に演りだします。高3くらいでこれまたハマりだしたボブマーリィ、レゲエもやるようになったり、ソウル、ファンク、たまにジミも.......。



ま、今日はこの辺にしときましょう。好評なら続編書きます。




メタボリ番長のコラム-banandtada
おまけ。Gは高校時代のメタボリ番長で、Drは何故かただノエルCOXというショット