お久しぶりです。
昨年産まれた次男は早いもので一歳になり、来月から保育園に通います。
コロナ禍とともに過ごした1年。
アクティブに行動することはできなかったけれど、家族みんなが無事でなによりです。
このブログを読んでいる方とその大切な方々がご無事でありますように。
昨晩6歳になる長男が不思議な話をしてくれました。
信じる信じないはご自由に
昨年次男を出産したのですが、2年前に初期流産した赤ちゃんのことをいまだに思い出します。
おそらく一生忘れることはないでしょう。
ちなみに初期流産したときに診察してくださった医師は、偶然にも次男の出生時の立ち会いの医師でした。そこそこ大きな病院で、医師も多いので縁を感じました。
あの時の赤ちゃんはいまどうしているのか
産んであげられなくてごめんね
そんなことを考えてしまいます。
最近、長男が次男とはお腹の中で一緒に遊んでいたという胎内記憶的な話をよくします。
フィクションなのかノンフィクションなのか分からないけど、楽しく聞いていました。
そこで今回こんな質問を長男にしてみました。
お腹の中では○○○(弟)と2人だけだった?
すると、
ちょっとの間だけ僕(長男)と○○○(弟)と真ん中の大きさの子がいた。
男の子?女の子?
女の子・・・今は他の大人のところに産まれている。
楽しそうにしている?
・・・楽しそうにしていると思う。
僕もずっと気になっていたんだ。
(現在のことはよく分からない様子)
その後はその女の子がどこに今住んでいるのかという話をしたのですが、祖父母の近くやら隣の学区の地域やらまとまらない感じで困っていたのでこの話は終わりにしました。
残念ながらお別れしてしまった赤ちゃんは、他の家族のところで無事に産まれて生活している。
寂しい気持ちも大きいですが、今度は無事に産まれて来れたんだと思うと安心します。
流産当時も長男は赤ちゃんの話をしていました。
その話と共通する点もあるので、私はとても納得できました。
「ごめんね」という気持ちに加えて、
「どこかで人生を始めていられるなら良かった」という気持ちが芽生えました。