【Class of 2011】Kentucky bound.
ディフェンディングチャンピオンが追い詰められました。
マジックも焦ってます。。。

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今日は、今秋からケンタッキー大学へ進む4人の映像。
UKははっきり言ってむちゃくちゃです(笑)。
獲りすぎです。
来年の今頃はエージェントを雇っているでしょう。
↓PGでナンバーワン評価。アトランタのジェフ・ティーグの弟。
前に書いたとおり、エージェントはマイク・コンリー父のはずです。
↓SFナンバーワンも。ニュージャージーの名門、St.パトリック。
↓PFナンバーワンも。。。出身はシカゴ。
最近のパフォーマンスはちょっと抜けてます。
nbadraft.netで来年1位。
↓Cナンバー2。オレゴン州ポートランドから。
評価はscout.com。
SGはデュークに行くドックの息子オースティン・リバース。
C1位はシラキュースのラキーム・クリスマスと言われています。
皆細いですし、カレッジレベルでは未知数ですが、、、
それにしても集めました。
カリパリとケンタッキー大学は最強のコンビです。。。
ジャーニーマン
マジックも焦ってます。。。

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今日は、今秋からケンタッキー大学へ進む4人の映像。
UKははっきり言ってむちゃくちゃです(笑)。
獲りすぎです。
来年の今頃はエージェントを雇っているでしょう。
↓PGでナンバーワン評価。アトランタのジェフ・ティーグの弟。
前に書いたとおり、エージェントはマイク・コンリー父のはずです。
↓SFナンバーワンも。ニュージャージーの名門、St.パトリック。
↓PFナンバーワンも。。。出身はシカゴ。
最近のパフォーマンスはちょっと抜けてます。
nbadraft.netで来年1位。
↓Cナンバー2。オレゴン州ポートランドから。
評価はscout.com。
SGはデュークに行くドックの息子オースティン・リバース。
C1位はシラキュースのラキーム・クリスマスと言われています。
皆細いですし、カレッジレベルでは未知数ですが、、、
それにしても集めました。
カリパリとケンタッキー大学は最強のコンビです。。。
ジャーニーマン
Top25 スニーカー in college basketball.⑤
5位:ナイキ エアジョーダン11"Concord"

1996年。よくアメリカに行った時期です。
狂っていました。。。
どこへ行っても、主に10代の若者が皆履いていた印象です。
管理人にとっても、AJの中でベスト3に入るモデルですが、
40歳を過ぎると履くのが難しくなってきます。
他人の目とかではなく、自分の目で・・・。
つくづくスパイク・リーなんかはかっこいいですねー。
中身ですね。。。
アイバーソンは11を愛用していました。
よく似合っていました。
ナイキの話は全く無かったのでしょうか?
4位:ナイキ ダンク

1986年。
ブルックリン出身でシラキュース大学へ進んだ、
ドウェイン”パール”ワシントン。
ニックネームはもちろんアール・モンローから。
スーパースター扱いでしたが…プロではダメでした。。。
ダンクを競技に履いてたんですよねぇ。。。
ガードしている#13、マーク・ジャクソンらのセントジョーンズ
とともに、古くからのNIKEスクール。
ジョージタウンはじめ、BIG EASTは多いです。
かつてのナイキを象徴しています。
ダンクも管理人は履けません。
フォースⅠなんかはいいですね。。。
3位:エアジョーダン1

これも1986年でセントジョーンズ。
前年。クリス・マリンやビル・ウェニントンらとともに
ファイナルフォー進出の立役者となったF、ウォルター・ベリー。
(セミファイナルでユーイングのジョージタウンに敗退。)
彼はハーレム出身。
SJUもナイキ。'90半ばには真っ先にJORDANスクールになりました。
エアジョーダン1はほとんどカレッジで(も)履かれませんでした。
管理人の周りにも、特にこのカラーを履く選手はいませんでした。
高校生の頃、特に何も考えず、地味なメタリックブルー
という色で揃えました。軽いシューズでした。
こうして見ると新鮮、ではありませんか???
これも40を過ぎると履けないシューズ、です。。。
2位:ナイキ エアフォームポジットワン

1997年。強烈なインパクトのあるシューズでした。
誰よりも早く履いたのが、アリゾナ大学1年生のマイク・ビビー。
アリゾナも「万年強豪校」でしたが、地区準決勝でポール・ピアース、
ラエフ・ラフレンツ、スコット・ポラード、そしてジャック・ボーン
らを揃えた、優勝候補筆頭のカンザスを撃破。
(ロイ・ウィリアムスのKUは結局優勝できませんでしたが、
このチームは最強だったと思います。)
UAも優勝できないチームでしたが・・・
この快進撃により、ビッグマンが生まれにくい状況にあったNCAAで、
良いバックコートこそ勝つための鍵、という法則が確固たるものに
なってしまいました。
チームメイトにはジェイソン・テリーやマイケル・ディッカーソン。
ビビーはファイナルフォーでこのシューズをお披露目。
セミファイナルではジェイミソン、カーターらのUNCをも蹴散らしました。
1位:ナイキ エアフォースマックス

クリス・ウェバー2つ目のエントリーが1位。
1993年。
このイエローのジャージーのほうがインパクトありますね。
彼らファブ5によって、バギーショーツは完全に定着しました。
プロでは契約メーカーをころころ変えたCWですが、
初期のナイキのやつも人気でしたね。
ジャーニーマン

1996年。よくアメリカに行った時期です。
狂っていました。。。
どこへ行っても、主に10代の若者が皆履いていた印象です。
管理人にとっても、AJの中でベスト3に入るモデルですが、
40歳を過ぎると履くのが難しくなってきます。
他人の目とかではなく、自分の目で・・・。
つくづくスパイク・リーなんかはかっこいいですねー。
中身ですね。。。
アイバーソンは11を愛用していました。
よく似合っていました。
ナイキの話は全く無かったのでしょうか?
4位:ナイキ ダンク

1986年。
ブルックリン出身でシラキュース大学へ進んだ、
ドウェイン”パール”ワシントン。
ニックネームはもちろんアール・モンローから。
スーパースター扱いでしたが…プロではダメでした。。。
ダンクを競技に履いてたんですよねぇ。。。
ガードしている#13、マーク・ジャクソンらのセントジョーンズ
とともに、古くからのNIKEスクール。
ジョージタウンはじめ、BIG EASTは多いです。
かつてのナイキを象徴しています。
ダンクも管理人は履けません。
フォースⅠなんかはいいですね。。。
3位:エアジョーダン1

これも1986年でセントジョーンズ。
前年。クリス・マリンやビル・ウェニントンらとともに
ファイナルフォー進出の立役者となったF、ウォルター・ベリー。
(セミファイナルでユーイングのジョージタウンに敗退。)
彼はハーレム出身。
SJUもナイキ。'90半ばには真っ先にJORDANスクールになりました。
エアジョーダン1はほとんどカレッジで(も)履かれませんでした。
管理人の周りにも、特にこのカラーを履く選手はいませんでした。
高校生の頃、特に何も考えず、地味なメタリックブルー
という色で揃えました。軽いシューズでした。
こうして見ると新鮮、ではありませんか???
これも40を過ぎると履けないシューズ、です。。。
2位:ナイキ エアフォームポジットワン

1997年。強烈なインパクトのあるシューズでした。
誰よりも早く履いたのが、アリゾナ大学1年生のマイク・ビビー。
アリゾナも「万年強豪校」でしたが、地区準決勝でポール・ピアース、
ラエフ・ラフレンツ、スコット・ポラード、そしてジャック・ボーン
らを揃えた、優勝候補筆頭のカンザスを撃破。
(ロイ・ウィリアムスのKUは結局優勝できませんでしたが、
このチームは最強だったと思います。)
UAも優勝できないチームでしたが・・・
この快進撃により、ビッグマンが生まれにくい状況にあったNCAAで、
良いバックコートこそ勝つための鍵、という法則が確固たるものに
なってしまいました。
チームメイトにはジェイソン・テリーやマイケル・ディッカーソン。
ビビーはファイナルフォーでこのシューズをお披露目。
セミファイナルではジェイミソン、カーターらのUNCをも蹴散らしました。
1位:ナイキ エアフォースマックス

クリス・ウェバー2つ目のエントリーが1位。
1993年。
このイエローのジャージーのほうがインパクトありますね。
彼らファブ5によって、バギーショーツは完全に定着しました。
プロでは契約メーカーをころころ変えたCWですが、
初期のナイキのやつも人気でしたね。
ジャーニーマン
Top25 スニーカー in college basketball.④
10位:エアジョーダンⅨ

メロがⅨの大ファンであるとは知りませんでした。
(有名みたいですね。。。)
2002-2003シーズン。
「万年強豪校」で、優勝はできないとされていた
シラキュースを初優勝に導きました。
ウォリックなど、他の選手も揃ってましたがすごかったです。
ジョーダンらのように、NBAでもチャンピオンに輝けるか。
9位:ナイキ エアフライト ハラチ

1992年。
シューズも選手も説明不要の人気でした。
デザインはティンカー・ハットフィールド。
8位:ナイキ エアマエストロ

このシューズも人気でした。
管理人も思わず買いました。軽かったです。
が、テクノロジーって進化していますね。
現代のシューズはすごいです。
1993年。カリフォルニア大学1年生のジェイソン・キッド。
スーパーな活躍でデュークの3連覇を阻みました。
チームメイトにラモンド・マーリーなど。
デュークはadidas最後のシーズン。
グラント・ヒルのほか、1年生にダグ・コリンズの息子クリス。
ちなみにこの時のCalのコーチ、トッド・ボウズマンは、
現在ボルティモアの黒人大学、モーガンステイトにいます。
7位:ナイキ エアトレーナーSC

2001年準優勝のアリゾナ大学ワイルドキャッツ。
毎年の事ながら、タレント揃いでした。
写っていませんが、ここにリチャード・ジェファーソンを
加えた5人が不動のスタメン。
#0、ギルバート・アリーナスはセンスの塊。
すべての振る舞いがcoolでした。
彼は生まれはフロリダらしいのですが、ハイスクールは
ノースハリウッドという、文字通りLAエリア。
スター名産地です。
ただ、このチームにも数名、素行の悪い選手がいました。
何となくわかりますよね。。。
優勝したデュークには、カルロス・ブーザー、クリス・デュホン、
マイク・ダンリービーJr.、シェーン・バティエ、そして
ジェイ(ソン)・ウィリアムス。
こちらも揃いすぎでした。。。
6位:コンバース プロレザー

これも説明が要らないですね。
ジョーダンは、プロに入るまでナイキは履いていませんね。
エアジョーダンの誕生から25年以上が経過しました。
「ジョーダンのプレイはエキサイティングとしか表現のしようがない」
当時の月刊バスケットボールに載った言葉です。
アリーナスが吹っ飛ぶプレイ、満載でした。
MJが3年、ユーイングは4年間カレッジでプレイしたっていうのは
今では信じられません。
↓シャーロットでしょうか。ジョーダンの家だそうです。。。
ジャーニーマン

メロがⅨの大ファンであるとは知りませんでした。
(有名みたいですね。。。)
2002-2003シーズン。
「万年強豪校」で、優勝はできないとされていた
シラキュースを初優勝に導きました。
ウォリックなど、他の選手も揃ってましたがすごかったです。
ジョーダンらのように、NBAでもチャンピオンに輝けるか。
9位:ナイキ エアフライト ハラチ

1992年。
シューズも選手も説明不要の人気でした。
デザインはティンカー・ハットフィールド。
8位:ナイキ エアマエストロ

このシューズも人気でした。
管理人も思わず買いました。軽かったです。
が、テクノロジーって進化していますね。
現代のシューズはすごいです。
1993年。カリフォルニア大学1年生のジェイソン・キッド。
スーパーな活躍でデュークの3連覇を阻みました。
チームメイトにラモンド・マーリーなど。
デュークはadidas最後のシーズン。
グラント・ヒルのほか、1年生にダグ・コリンズの息子クリス。
ちなみにこの時のCalのコーチ、トッド・ボウズマンは、
現在ボルティモアの黒人大学、モーガンステイトにいます。
7位:ナイキ エアトレーナーSC

2001年準優勝のアリゾナ大学ワイルドキャッツ。
毎年の事ながら、タレント揃いでした。
写っていませんが、ここにリチャード・ジェファーソンを
加えた5人が不動のスタメン。
#0、ギルバート・アリーナスはセンスの塊。
すべての振る舞いがcoolでした。
彼は生まれはフロリダらしいのですが、ハイスクールは
ノースハリウッドという、文字通りLAエリア。
スター名産地です。
ただ、このチームにも数名、素行の悪い選手がいました。
何となくわかりますよね。。。
優勝したデュークには、カルロス・ブーザー、クリス・デュホン、
マイク・ダンリービーJr.、シェーン・バティエ、そして
ジェイ(ソン)・ウィリアムス。
こちらも揃いすぎでした。。。
6位:コンバース プロレザー

これも説明が要らないですね。
ジョーダンは、プロに入るまでナイキは履いていませんね。
エアジョーダンの誕生から25年以上が経過しました。
「ジョーダンのプレイはエキサイティングとしか表現のしようがない」
当時の月刊バスケットボールに載った言葉です。
アリーナスが吹っ飛ぶプレイ、満載でした。
MJが3年、ユーイングは4年間カレッジでプレイしたっていうのは
今では信じられません。
↓シャーロットでしょうか。ジョーダンの家だそうです。。。
ジャーニーマン
Top25 スニーカー in college basketball.③
15位:ナイキ エアアンリミテッド

1993-'94シーズン。
ノースカロライナとデュークのサプライヤーが
ナイキに変わりました。大事件でした。。。
ヒルが4年生のとき。
ファイナルでアーカンソーに敗れています。
チームメイトでルームメイトが、現JBL三菱HCの
アントニオ・ラング。
このシューズもなかなかのインパクトでした。
14位:ナイキ エアフォース3

2001年。
アリゾナでマイク・ビビーと同期のユージーン・エドガーソン。
ニューオーリンズの名門校出身の、個性的なプレイヤー。
ビビーは2年でプロ入りしましたが、エドガーソンは「5年」在籍。
1年間、学生実習として、ツーソンの幼稚園で働いたためです。
卒業後はハーレムグローブトロッターにも所属。
こういうキャリアもアメリカならでは。
彼らしいシューズです。
13位:ナイキ レジェンド

1985年。
Tシャツ含めて垂涎です。
最もナイキらしいチームと言ってもいいかもしれません。
ユーイングは、プロでも何だかんだ言いながら履いてました。
12位:ナイキ エアアサルト

こんなのありましたね。
1988年、カンザスを優勝に導いたダニー・マニング。
ヘッドコーチはラリー・ブラウンで、マニングの卒業と同時に
NBAへ転身しました。
左の方に小さく写っているのはPG、ケビン・プリチャード。
ポートランド・ブレイザーズの前GM。
11位:アディダス センテニアル

いい順位です。
1986年。コーチK初のファイナルフォー。
エースガードは現スタンフォード大学HCのジョニー・ドウキンス。
世界一のライバリーと言われる、Duke-Carolinaの関係は、
ドウキンスとジョーダンらの、この時代から始まったようなものです。
この頃のアディダスは好きでした。
トップテン、トップファイブ、コンコルド、そしてフォーラム。
スーパースターはこの少し前ですね。
もちろん、トレフォイルロゴです。
ジャーニーマン

1993-'94シーズン。
ノースカロライナとデュークのサプライヤーが
ナイキに変わりました。大事件でした。。。
ヒルが4年生のとき。
ファイナルでアーカンソーに敗れています。
チームメイトでルームメイトが、現JBL三菱HCの
アントニオ・ラング。
このシューズもなかなかのインパクトでした。
14位:ナイキ エアフォース3

2001年。
アリゾナでマイク・ビビーと同期のユージーン・エドガーソン。
ニューオーリンズの名門校出身の、個性的なプレイヤー。
ビビーは2年でプロ入りしましたが、エドガーソンは「5年」在籍。
1年間、学生実習として、ツーソンの幼稚園で働いたためです。
卒業後はハーレムグローブトロッターにも所属。
こういうキャリアもアメリカならでは。
彼らしいシューズです。
13位:ナイキ レジェンド

1985年。
Tシャツ含めて垂涎です。
最もナイキらしいチームと言ってもいいかもしれません。
ユーイングは、プロでも何だかんだ言いながら履いてました。
12位:ナイキ エアアサルト

こんなのありましたね。
1988年、カンザスを優勝に導いたダニー・マニング。
ヘッドコーチはラリー・ブラウンで、マニングの卒業と同時に
NBAへ転身しました。
左の方に小さく写っているのはPG、ケビン・プリチャード。
ポートランド・ブレイザーズの前GM。
11位:アディダス センテニアル

いい順位です。
1986年。コーチK初のファイナルフォー。
エースガードは現スタンフォード大学HCのジョニー・ドウキンス。
世界一のライバリーと言われる、Duke-Carolinaの関係は、
ドウキンスとジョーダンらの、この時代から始まったようなものです。
この頃のアディダスは好きでした。
トップテン、トップファイブ、コンコルド、そしてフォーラム。
スーパースターはこの少し前ですね。
もちろん、トレフォイルロゴです。
ジャーニーマン