面倒くさい話 | yamaのブログ

yamaのブログ

こんなページでも寄ってらっしゃい

予定通り、記事作成の苦労(愚痴)話をしたいと思う。

カタストロフィーに関連するリンク集としても使えるだろう。

まずは俺の考えた「アレなトンデモ仮説」の考察プロセス(一部だが)を紹介する。

  • 始まりは、初夏の衣替えで物置の整理した際、昔の日記を発見した。それを読み返す内に、目に付いたトピックスと問題提起から再考が始まる。
  • トピックスの再確認の為、自宅の本棚やネットを探す。
  • 自説のテーマを決める。
  • 発起、動機、検証の第1層のプロットからなるレジュメを作り、第2層・第3層の内容を記述する。構成は「序・破・急」とする。
  • 仮説の中心、柱書が出来上がった所で記事全体を読み直し、強調する語句や文節をマークして体裁を整える。
  • 自己ツッコミの(●▲■)で括られたモノローグを挿入。
  • 引用・参照のリンクを貼る。引用記事の内容の補足を本文に潜り込ませる。
  • 再び記事全体の構成を見直す。
  • 数日置いて読み返す。説明不足や誤記の訂正、推敲作業。
  • 再び数日置いて推敲。草稿の完成。
  • 投稿前に読み返す。投稿後にも読み返す。
    (結構、抜けや誤字がある。俺が使ってるマルチ・コード・エディタの性質上、文字コード混合[機種依存文字、Shift_JIS、EUC-JP、UTF-8等]の互換ミスもあるので仕方ない)
  • 後日、読み返す。必要なら編集を加える。滅多にないが、読者コメントが付いてたら返答コメントを付ける。
    (忘れた頃に付く事もあるので、本文やリンク先等を再検証)
  • しばらく経過後、閲覧数が皆無か僅少のままなら、ひと安心。炎上も検索もされてないと言う安全確認の後、次の戯言・与太話を考える。

このような流れである。

 

植物・動物ハイブリッド生物仮説』の場合、「wikipedia」から2014年の御嶽山噴火 の解説文を切り出してHTMLタグ”blockquote”で貼り付けたのだが、それ以外の周辺記事も参照している。例えば、浅間山#記録に残る主な噴火
俺の記事本文には記載は無いがエディタのノード(枝):第2層には、これも貼り付けてある。

1108年(嘉承3年、天仁元年:平安時代) 天仁大規模噴火。噴火場所は前掛山で30億トンと推定される噴出物を伴う大噴火。火山爆発指数:VEI5。上野国(現・群馬県)一帯に噴出物が降り積もり、田畑に壊滅的な打撃をもたらした。『中右記』に記録されている。天仁元年9月5日の条に、この年の40年も前の治暦年間(1065年 - 1069年)に噴煙が上がっており、その後も少しではあるが噴煙が上がり、同年7月21日になって突然、大噴火を起こした。噴煙は空高く舞い上がり、噴出物は上野の国一帯に及び、田畑がことごとく埋まってしまった、と記されている。復興のために開発した田畑を豪族が私領化し、さらに荘園へと発展した。この噴火は上野国の荘園化を促すきっかけとなった。また、長野県側にも火砕流(追分火砕流)が約15km程駆け下り、湯川、小諸市石峠付近まで達した。天明の大噴火よりも大規模な噴火だったとされている。最近、12世紀初めの欧州における数年間の異常気象、大雨や冷夏による作物の不作と飢饉の原因が浅間山の噴火であった可能姓が示唆された。

アンダーライン、マーキング部分は俺(Yama)。
この解説文の問題点は、『中右記』に記録されてる。の部分が前述から続くの文節なのか、後述の治暦年間の噴煙の事なのか? 文意が繋がらないので意味不明である事。
引用と切り貼りで書かれるウィキの記事では、執筆者の脳内では何を記しているのかは明確に区別されているのだろうが、第三者にとっては整合性の前提が省略されているので?マークとなる。この文章を手直しするなら、

(略)~打撃をもたらした。『中右記』の天仁元年9月5日の条に、40年前の治暦年間(1065年 - 1069年)にも噴煙が上がっており、同年(嘉承3年)7月21日になって突然、大噴火を起こした。その後も少しではあるが噴煙が上がったと記されている。~

と添削した。
付属ノード(「リーフ:葉」と言うべきか:第3層)として、元号と日付に関しては、嘉承2年7月19日(ユリウス歴:1107年8月9日)に崩御した堀河天皇の喪中明けの嘉承3年8月3日(ユリウス暦:1108年9月9日)鳥羽天皇の即位により改元して天仁元年となった。旧暦・太陰太陽暦なので、嘉承3年7月21日はユリウス歴:1108年8月30日天仁元年9月5日はユリウス暦:1108年10月11日となる。『中右記』(「御門大臣・藤原宗忠の記」を略したタイトル)では9月5日の条として、藤原忠長から聞いた話として浅間山の噴火とその被害について記述されているらしい。噴火から1ヶ月程経過した時点での記録なので、ウィキの中右記からの引用記述以降の後段は別の記事からの引用・編集だと判る。
(「中右記」を探したのだが、解題とか引用している書籍はあるのだが、単体の原典としては無い。写本が「宮内庁書陵部」・図書課にあるそうだが、東京に出向く取材費は無い)
ノード内での考察として、

中右記には、1106年(嘉承元年)京都市中で疫病が蔓延した記録があり、翌年の堀河天皇崩御も疫病のせいかも知れない。鳥羽天皇への皇位継承行事や嘉承から天仁への改元が喪中明けの予定を外れて遅れたのは、疫病に続き、浅間山の大噴火という天災の影響もあったのでは?

とあるが、これもブログ本文では触れていない。

 

―――このように俺の記事の場合、単に『リンク先を参照の事』と説明を丸投げしている訳ではなく、本文との連続性と補完を考慮してリンクを貼るか否か、どの記事を貼るかを精査している。一概に手抜きの為とは言えない事がお判り頂けるだろうか。
(言われなきゃあ、知らんわな? ブログも場違いなんだが、ホムペの移転先が未定なので、当分この手の記事が続くぞ)

それから、付属ノードには「2014年の御嶽山噴火」の概要とは別に俺の苦言を併記してある。

ヘルメットも防毒マスク、ゴーグルも持参して来ない登山者→スキューバダイビングするのに装備を用意して来ないダイバーがいるのか? 火山に登る際には「有毒ガス検出キット」も必要であろう。火山に付き物の亜硫酸ガス、硫化ガス、塩素ガスなど有毒ガスは目に見えない。吸い込んでヤバいと感じた時には既に手遅れである。 高山に登るには低酸素状態に陥る可能性が高いので、高山病対策に呼吸用の酸素ボンベか発生器も必要だ。一般の登山であっても、防寒着や雨具どころか非常食も救急キットすら用意してないという登山者の意識の低さには呆れ果てて言葉も出ない。・・・

原典である俺の日記には罵詈雑言が誠にえげつない口調で2ページに亘って書き殴ってあった。なのでブログの併記については大幅に穏健な語句に置き換えた上で短目に切り上げた。

 

他のノードとしては、
火山の冬#生物への影響 破局噴火
トバ・カタストロフ理論 夏のない年
十和田湖・915年の噴火 長禄・寛正の飢饉
カムチャツカ半島・アヴァチンスカヤ山・火山噴火
ピナトゥボ山・1991年の噴火
人口転換 人類の絶滅 自主的な人類絶滅運動
地球の未来
気候変動#フィードバック機構
生物ポンプ 基礎生産 炭素固定炭素循環窒素循環
窒素固定原木栽培雑木林
生物地球化学的循環
生態学進化論空飛ぶスパゲッティ・モンスター教
ウイルス進化説遺伝子の水平伝播
共生インクルーシブ社会社会的排除社会的制裁
ボルバキア#ゲノム断片の水平転移(『遺伝子の水平伝播』)
水循環#気候調節→都市化 水系流域流域圏
砂漠化 氷河期間氷期・・・(省略)
と本文の分量の数倍から数十倍の膨大な資料・参考ノードが続く。

 

そもそも「トンデモ仮説」のネタの発端は30年以上前の俺が中学~高校時代に書いてた小説のギミック(SFにおける科学的なガジェットまたはアイデア)である。
当時はネットの無い時代。紙の書籍や論文が唯一の手掛かりなので出版社や各大学に問い合わせるしかなかった。
論文のコピーを取り寄せた事のある人なら知ってるだろうが、コピーにかかる手数料や郵送料は決して安くはない。コピーが手元に届くまで待たされた挙句に内容が期待外れだった時の落胆たるや・・・
それらの苦労が詰まった大学ノートの束を物置の肥しに留めておくのは口惜しい。ってのが、最近一連の流れである。

さて、舞台の裏方やってた俺の裏話のひとつとして、ブログ記事の裏側に触れてみた。
政治芸能ゴシップ映画読書裏読みが面白い。そう思わないかい?