野良の矜持 | yamaのブログ

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40歳を過ぎて、心機一転、真っ当堅気の余生を送ろうと思っていた。

だが、早くも新しい職場に適応し、憶えなきゃならん作業手順が出尽くすと、数々の不合理・非効率が目に余るようになる。

(国や組織が変わっても、人間の遣る事は不条理・不合理極まりない)

愚図愚図と文句を垂れつつ、自己保身にかまけて無関心でいるのは我慢ならん性分である。
結局、事あるごとに上役に噛み付くような扱いづらい野良野郎は、餌をくれる飼い主や取り巻きにも疎まれるようになる。

野良犬なら、棍棒や鞭の一振り食らって己の立ち位置を悟るのだろうが、残念ながら、俺は野良猫の性分らしい。気に食わない餌場にしがみ付くより、次の餌場を夢見るようになる。
食料を荒らすネズミを退治するなら、満腹すれば狩りを止めちまうネコより、狩った獲物をご主人様に献上し続ける犬の方が向く。
・・・何だかんだと言って、要するに今の仕事に飽きてきただけだ。

ガキの頃は、もっと単純だった。
ケンカに負ければ、次は勝つ。テストで満点取りたきゃあ、勉強すれば良い。好きな女の子が出来れば、付き合えば(一緒に遊べば)良い。
目指す目標も、越えるべきハードルも、ちょいと努力すれば実現可能なガキ・レベルだった。
しかし、歳取ったせいか、自分に課すハードルの高さが、いつの間にか成層圏を超えちまった。

人間、不可能領域を追い求めるようになると、政治家か宗教家に走っちまうらしいが、残念ながら


「この世に神も仏もあるもんか、糞食らえ!」


と天に向かって唾吐いた若気の至りを忘れられない俺は、ボケ老人になるまで、救いも悟りも無い放浪をするしかない。

せいぜい世話になった伯父さん、伯母さん、その他の親族が生きている間だけは、非道に外れないよう踏み止まるしかない。柵(シガラミ)背負って生きるのは面倒臭いが、その柵のお陰で、この歳まで育って、生き長らえてきてるんだから文句は言えまい。

「末は、博士か大臣か」
そんな大それた期待には応えられそうにないが、
「健康第一、健やかに育ってくれれば、それが一番だ」
ってな俺の名付けの由来だけでも全うしようと、今年の誕生日を(10日遅れだったが)祝ってもらって、思った。

とにかく、感謝です。もちっと辛抱します。