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3月の震災から5か月が経とうとしているが、世界経済以上に、足元の日本経済が振るわない。
こちとら自由業は、世の景気や雰囲気に稼ぎがもろに左右される。かような現状で市民暴動すら起きないのは、日本人が忍耐強いとか冷静だとか、そんなお為ごかしではなく、単なる糞便生産生物に過ぎないという証拠である。飼い慣らされたペットや家畜だって、理不尽な扱いには不平の声を挙げるものだ。
政治が悪い、というのは簡単だが、無能な政治家を選んだ選挙民は、もっと無能だったというに過ぎない。
さて、選挙からの連想だが、俺が下駄を突っ込んでいる芸能界でも、オーディションの歴史は古い。だが後押ししてくれる芸能事務所を持たない素人が、それをきっかけにスターダムへと登るのは、宝くじで1等前後賞すべてを独り占めするくらいの運が必要だ。当人の持ち前の才能が評価されるのは、生き馬の目を抜く芸能界で生き残り、重鎮の座を手に入れてからの話である。
世にいうスカウトマンという職業は、そういう市井に埋もれた、まだ陽の目を見ない才能を発掘する仕事である。街頭に立って、通行人の中から目についた女の子を口説いてるようなのは、下っ端のアルバイトである。
俺も、やった事がある。名刺は自前で購入。「お茶でも飲みながら、話を聞いてくれないかな?」等とやってると、あっという間に財布が空になる。口説き落とした女の子が稼ぎを上げる金蔓になってくれればまだしも、食い逃げ・飲み逃げは当たり前。出来高払いの日当では当然、赤字である。
(AVのスカウトの方が、よっぽど楽である)
業界の先輩であるスカウトマン(ウーマン)で、キャリアを積んだ本物のプロは、山師と言ってもいい。山師。如何わしい喩えだが、どこに埋まってるかも知れない鉱脈を探り出して、お宝に変える目利きと嗅覚は、凡人には真似の出来ない芸当である。
スカウトがきっかけで芸能界入りしたタレントと言えど、初っ端の新人時代は、履歴書片手にオーディション行脚である。事務所に所属したからと言って、宛がわれる仕事は無い。当然、ギャラも発生しない。まず何より、新人だからキャリアが無い。名前と年齢くらいしか記入の無い履歴書を持たせて、スカウトマンが一緒にオーディション会場を梯子する。
テレビや雑誌で見慣れた先輩タレントが審査員にボロ糞に罵倒される、芸能界の知られざる裏側に触れて一念発起する頓珍漢なら見込みあり。
アルバイトの傍ら、自腹で歌や踊りのレッスンに、オーディション巡りにと、事務所は1銭のギャラも支払わずに事務所の売り込みが出来る。
イベント・コンパニオンの日当仕事でも獲ってくれば、しめたもの。履歴書に書き込む項目が増えるにつれ、タレント自らが飢えた狼の眼つきに変わってくる。
マスコミの媒体等では、一見、のらりくらりと気ままに芸能界を泳ぎ回ってる風でいて、我々視聴者には見せない暗黒面もある。表があれば裏もあるのが、世の常である。
コンスタントにオーディション通いで仕事を物にするようになれば、スカウトマンの役目は終わり。事務所から専属のマネージャーが配置される。そして、スカウトマンは、次の獲物(生贄)に取り掛かる。
(掘り当てたタレントが、金かダイヤの鉱脈なら、そのままマネージャーになる。金のなる木か金の卵を生む鵞鳥を手放す馬鹿はいない)
「1億総タレント時代」と言われた1980年代。隣のお姉さんやら、お兄さん。オバサンにオジンにと間口を広げまくった頃から、何やら勘違いが始まった。
芸能界は、文字通り「芸は身を助ける」世界である。芸のない者は門前払い。パッと出の1発屋の寿命は驚くほど短い。人の世の流行り廃りの目まぐるしさ、無責任さには心底、辟易する。
それでも、芸能界に憧憬(あこがれ)る身の程知らずや消費者は絶えない。
俺は、舞台美術の裏方である。こちらも、下手すれば道楽とも酔狂と取られかねない胡散臭い職業である。基本は雑用の肉体労働者だから、体さえ動けば勤まる。この仕事に携わって、たかが10数年であるが、次から次へと現れては消えていくタレントを嫌というほど見ている。
個性の時代と言われた頃もあった。だが、人前に己を晒して生業(なりわい)にするメリットとデメリットを天秤に架けたら、血を吐きながら死ぬまで走り続けるマラソンか、早々に自滅するしかない。どちらにしても刹那である。
芸能人は夢を売るのが商売だが、本人に夢を見ている暇はない。
誰かの言いなりになって、それに従っていれば良い。というなら気楽である。仕事が回ってくるうちは安泰である。やがて飽きられ、使い古され、ジリ貧に追い詰められる将来が身近に迫る頃になると、女性タレントには家庭に逃げ込むという道が残されているが、男性タレントは悲劇である。
スカウトで業界に入る野郎は少ない。むしろ、自ら飛び込んでくる。行き詰ったら、そこで終わりである。俺個人の知り合いにも、役者志望や裏方志望が何人もいた(過去形)。
20代の頃なら、いざ知らず。30代、40代と年齢を重ねて、夢破れて挫折していくヤツばかりである。
「芸のためなら、女房も泣かす~♪」
と、裏方ながら俺もやりたかったが、肝心の女房は医学部に通う奨学金の借金漬けで当てにはならず、あまつさえ医者の不養生で早逝した。が、女家族を多く持ったのが幸いで、身内の世話になりながら、のほほんと生き延びている。
(俺、仕事はひとの数倍以上、真面目だけど、命令されて働かされるのが大っ嫌いだから・・・)
何はともあれ、お盆である。今年も、大勢が死んだ。
プロテスタントの俺がお盆とは御門違いだが、てめえの先祖のみならず、仕事での知己を含めて、今年にかけて逝った死者を迎え盆・送り盆と偲んでみる。
(16)了