最近観返した映画について、つらつらと空想に耽る。
「地獄」
俺の好きな俳優、天知茂が情けない(女々しいと書くと、最近は叩かれる)青年を演じる。舞台劇のような背景美術が低予算であることを(製作中に新東宝は倒産)物語っているが、今も記憶に残るのは何故なんだろう? 多分、俺が学生時代に読んだ「地獄変(芥川龍之介)」の影響で一時期、ニーチェと芥川、大藪春彦、神林長平しか小説は読めなくなった時期に、テレビの深夜劇場で観たのも関係してるのかも知れない。同時期に、にっかつロマン・ポルノの「狂った果実」で描かれた、田舎から上京して友人も女にも縁の無い、社会の底辺で行き止まった青年には堕ちる地獄さえない、という映画の救い難いラストとの対比が印象を深めているのかも知れない。
余談になるが、当時、後輩の女の子がボヤいた「今のわたしは、不幸のどん底です」という言葉に、「底があるだけマシさ。俺なんか、底なしだよ」と返したのを思い出す。ま、それが当時、俺の置かれた現実なんだから仕方ないが、彼女とは卒業するまで交換日記(時代だね~。今ならメル友か?)を続けたのも青春の記憶であろう。
「片腕マシンガール」
ひたすらグロテスク極まりないスプラッタ映画。俺の大っ嫌いな指切断シーンが、自分の左手親指の古傷を疼かせる。数多くのAVを世に送り出してきた井口 昇監督だからと、エロスを期待すると裏切られる。二十代前半の女優さんを女子高生や中学生の母親にキャスティングする無茶ぶりは脇に置くとして、水芸のような盛大な出血描写は、永井豪のマンガを連想させる。下手に、脈打つようなリアルな出血描写じゃ観客にトラウマを与えるだけだし・・・。アクション・シーンの演出の上手さは、やはり最近の映画だなと思う。作り物でなく、現実に手足を失った人間を(俺の、指一本が少々欠けてるのなんて、障がいの内にならないという意味で)何人も見てきた俺にとって、この映画は不快極まりないクソ映画である。それが狙いの映画なのだから、まんまと罠に嵌ったのだろう。
「AVALON」
夢か現つか、ゲーム世界が現実との境目を見失った時代。というと、仮想現実が注目されて久しい現在には、いささか陳腐なテーマではある。でも、そうか? 昔から博打に身を滅ぼす輩は大勢いた訳だし、ゲームの勝ち負けで(時に、イカサマも辞せずに)それを渡世の生業とする輩も後を絶たない。サブ・プライム・ローンによって米国発の金融破綻が、今現在、現実の世界経済を破壊しているのは、紛れも無い事実である。
この映画を観る以前に、俺は「ゲームの世界じゃ、最強、大金持ち。でも、現実はタバコ銭にも事欠く無職・無収入のネット廃人」といったネタで自虐的な話を書いていた。(’97年3月にサラリーマンを辞めて、舞台美術の見習い(失業給付もらいながらだから、当然、無給)をやりながら、「スーパーロボット大戦」なんかの攻略リポートをゲーム雑誌に、せっせと投稿していた)
良くも悪くも、押井 守の映画である。ロリコン(と言うよりは、マザコンか?)を偽善で包んだ宮崎 駿アニメより親近感がある。が、しかし、どうせやるなら徹底的にやって欲しいと思うのは、押井作品に限らず、全ての映画に望むところ。
難しいのは、百も承知。
百聞は一見にしかず。
されど、一見は百聞に値せず。
真実と虚構との間で揺れ動く、毛の無い猿は答えを求めて今日も彷徨する。