痛い!いたい!イタイ!

テーマ:
日本メンタルヘルス協会の
東京校のゴミは
処理業者さん指定のゴミ袋を買い
それに正しく分別されているものを
引き取ってもらうシステムになっています。
 
なので
ペットボトルは出来るかぎり潰して
ボリュームを少なくして
ゴミ袋の経費も圧縮したいと
私、ギューっとペットボトルを
踏みつけておりました。
 
 
すると、
 
 
 
「痛い!いたい!イタイ!」と
声がしたのでございます
 
 
 
へ?
ペットボトルの声?
ペットボトルの悲鳴?
 
でも、どこかで聴いた声・・・。
 
 
衛藤先生のお声でしたびっくり
(メンタルのLINEスタンプの真似@丸山画伯)
 
 
 
例え飲み終わった容器であろうとも
例え命あるものではないとしても
足蹴(あしげ)にするのは忍びない。
 
ましてや丸山の全体重をうけとめるなんて!
 
 
「ちょっと!踏むのはどうなの!?」と
声を荒げることもできる。
 
でもその瞬間、どんな言葉を使うのか。
そこに、その人の人間性と
それを培った歴史が映る。
 
衛藤先生はたくさんの選択肢の中から
ペットボトルの気持ちを代弁した
アイメッセージ(他者非難ではなく、自己主張)を
選択なさったのだ。
 
なんの疑問を持たずにしている人に
突然に否定の言葉を浴びせかけるのは
得策ではないと知っているから。
 
 
 
その人のセンスがきらめくのは
とっさのとき、だと思う。
 
そしてその瞬間をつくるのは
普段からの生き方、だと思う。
 
 
自分にはそのセンスがないと
ナルシスティックに落ち込むヒマがあったなら
センスがある人を見つめて
盗み取って行けば良い。
 
真似して真似して真似して
真似している不自然さがなくなるまで
真似していけば良い。
 
 
 
そして
それほどまでに変わりたいという
欲望こそが
自分を突き動かす。
 
 
 
対決の相手は、過去から今までの自分。
 
その自分に今から未来への自分が挑むのだ。
 
七転び八起き、当たり前でしょう。
 
でもやる価値はある。
 
 
 
 
その後の私は、手で
ペットボトルを潰すようになりました。
 
圧をかけるときには
「ご馳走さまでした❣️」との
感謝の気持ちを込めて。
(結局は潰すんですが)
 
丸山、一歩前進いたしました照れ