昔の日本を記録した写真をカラーに復元させた記事が、俺の中で話題です。
http://bit.ly/W5ycWi

一般人にとって「日本史=受験の道具」となってしまうのは良くない傾向であると個人的に懸念しています。


日本人なのに、自分の生まれた国がこれまでどのような道を歩んできたのか。
それについて知ろうとしない。

「今でも日本にはSamuraiやNinjaがいるんだってなハッハー!」なんて言う外国人はさすがに絶滅危惧種だと見受けますが、『昔の日本』というのは今でも外国人に通用する強力なリソースです。

…なのに、それを見逃すのは実にもったいない気がしてるんです。


話を戻すと、日本の歴史教育において、その致命的な原因はハッキリと他にあるんだけども、「教科書に載っている(現代と違って)色の無い写真ばかり見せられてたから、かつての日本人がどのように暮らしていたのか実感はない」という生徒や学生たちの言い分もそろそろ報われるべきだと思います。


三澤

時計の針がもうすぐ5:00を指すところですが、この時間帯で吹く夜風に、太陽の光からは得られないインスピレーションを受けることが度々ありまして。

ポイントは毎日習慣化しているベランダでの深呼吸と瞑想。
月を呑み込んだ後の闇を吸い込んで、やがて昇る朝日の予感を静かに受け入れる。

ちょうど聖と邪の境界をまたぐ感覚は、まるで喉をじんわりと灼いていくスコッチのようで。
たまには自分の孤独とグラス片手に飲み明かす時間があってもいい、と最近は心境も落ち着いてきたなー。って。

そんな中、突如インスピレーションとして、混沌とした頭の中から企画の種が生まれてくるわけです。


一例を挙げると、

●職場で「○○さんの文章読みやすいですね!」と褒められるようになるセミナー

●この世界にもはや偶然など無い!はじめての陰謀論セミナー

●ヱヴァンゲリヲン(エヴァンゲリオン)に学ぶ2013年型マーケティング対策セミナー

●今からでも遅くない!人間学研鑽セミナー

●手軽に読める濃厚電子書籍 数冊


など、ほとんど勉強系ですね。

日頃から頭の中で散らかっている思考の整理も兼ねて、定期的に情報発信の場を増やしていこうかな、という目論見を立てています。


あと考えているのが、セミナーの会場について。

一般的にはどっかの会議室を借りて座学形式で行うケースが多いですが、自分の場合は会議室ではなく和室を借りて、「参加者(少人数)はみんな座布団に腰を下ろしながらひとつの机を囲む」という『正座学』形式でやりたいなー。なんて思います。

参加者同士の距離が近ければ、名刺交換もしやすい(会議室的な雰囲気だとどうしても周りと打ち解けられない参加者が必ずいて、主催者はそういう人たちを安心させてなんぼだと思うので)だろうし、参加してくれたみんながお互いに仲良くなれる環境を形成できればハッピーでしょうし。

ネットに依存する人たちが増えた結果、すぐ目の前にいる相手の温もりでさえ肌で直接感じ取れなくなってきた今だからこそ、大事だと思うんですよね。そういうの。