漫画家・松本零士氏(85)ご逝去。
昨日20日、東映が発表。今日、新聞やニュースで、広く報じられました。
2019年秋、松本零士氏のトークショーに参加したブログ記事を再掲載して、ご冥福をお祈りさせていただきます。
2019年11月16日のブログ転載
大刀洗平和記念館から招待状 1
漫画家・松本零士氏(81)、イタリア・トリノのイベント中に脳卒中の疑いで倒れる
夕方、ラジオで心配なニュースを聞きました。
松本零士(れいじ)氏のアニメ作品がイタリアで放映されて40年。それを記念するイベントに出席するため、81歳の松本氏、トリノを訪問(11月14日)。
15日のイベントでは、ファンや学生たちに「夢をあきらめないで。」などと講演。直後に予定されていたアニメ「銀河鉄道999」の上映会に到着した際、ろれつが回らないなどの異常がみられたため、スタッフに付き添われてホテルに戻り、病院に救急搬送されたと報じました。
1か月前になります。先月10月14日、福岡県筑前町立 大刀洗(たちあらい)平和記念館で、
「松本零士氏トークショー」が開かれました。
御父上が、当時東洋一と謳われた大刀洗飛行場の、飛行第四連隊第一中隊長をされていた御縁で企画されたものです。父への想いと平和への願いを熱く語られました。
『宇宙戦艦ヤマト』の沖田艦長は、父、松本強氏がモデルだったそうです。
以前、わたくし、大刀洗平和記念館に、松本氏の御父上ゆかりの品である「飛行第四連隊退営記念盃」を寄贈しました。今回の企画展に盃が展示されている関係で、館から招待を受けたものです。寄贈といえば、松本氏の貴重なコレクションからの寄贈品もありました。
コレクションは、預かりものだという考え方からすると、「塩漬け」や「死蔵」は残念な行為です。寄せ書きの日章旗や、軍刀の持ち主関係者を探すアメリカの方たちの報道を知るたびに思います。
特攻隊基地だったことなど、戦争に関わるデリケートな話をブログにアップするかどうか迷っていましたが、松本氏の急病をきっかけに、お見舞いと応援の意味で掲載することにしました。
企画展チラシ裏側中央の盃が、
わたしが寄贈した盃です。
左側に、松本少年を囲む家族写真。
展示中の飛行第四連隊記念盃
(寄贈:木ノ下)
松本零士氏の御父上が、当時
東洋一と謳われた大刀洗飛行場の、
飛行第四連隊第一中隊長を
されていた御縁です。
わたしのコレクションだった
盃が、このように展示された
ことは喜びです(撮影許可済)
旧日本海軍機・零戦
(零式艦上戦闘機三二型)の
実物を展示。館内では、
ゼロ戦のみ撮影許可です。
復元された零戦のコックピット。
松本氏の、温かみのある飛行機の
描き方や、無機質にならない
メカニック表現の戦場漫画から、
いろいろ考えさせられます。
こういう復元事業は、
国でしなければおかしいと
思うのですが・・・
桜花のように散っていった若者たちを思うと、公金山分けのソ~リ主催「桜を見るのかい」は何なのでしょう。
公文書を改ざんしたり、すぐ廃棄するような感覚からは、歴史や文明、文化を正確に伝えることは叶わないと思いますよ。
※福岡県朝倉郡筑前町は2005(平成17)年、旧三輪町と旧夜須町が合併して誕生した町。
【零戦関連拙ブログ】
ゼロ戦模型のボックスアート 1 (2013/07/21)
https://ameblo.jp/jksta-322/entry-12526977858.html?frm=theme
ゼロ戦模型のボックスアート 2 (2013/07/21)
https://ameblo.jp/jksta-322/entry-12526977865.html?frm=theme
次回に続きます