難解な問題にたいしてシンプルに疑問としてもっているので、
 自分で答えるとしたらどうなるだろうと、悪戦苦闘しましたが予想以上に大変。。
 
 「正しいことは一つではない」は、それを判断しているひとの視点の違いなんだけど、抽象的に書くと解り難くなりすぎるから、まず事例を一つ上げて説明するね。
 事例と言っても、古代から仏教で語られている講話の一つだけどね。
 
 河を船で渡ろうとしていた人たちがいたんだけど、その中にとんでもない悪党が一人紛れ込んでいたんだ。その悪党は、船が出発したら、河の上で乗船している人たちを皆殺しにして金品を奪ってしまおうとたくらんでいたんだ。
 けれども、船の船頭さんがそのことに気付いて、先にその悪党を殺してしまうんだけど。

 仏教として見ると、殺生は絶対にしてはいけないことなんだけど、この船頭さんの判断は正しかったとされています。多くの人の命を救い、悪党その人の積み上げる悪業を断つことができたのだからということです。
 
 ただ、これだけだと、あまりにもシンプルな昔話に過ぎず、現代のもっと複雑な出来事や人間関係にどのように適用できるかは、わからないよね。
 例えば、腕力がある人は、悪党を生け捕りにすることができるということも言えるし、とても饒舌な人は、上手く説得できると思うかもしれない。
 ある人は、みんなで力を合わせれば何とかなると考えるかもしれないし、また、あるひとの視点だと、悪党は実は誰かに脅されていやおうなしにやっていると見るかもしれない。
 腕力も無く、説得することもできない人達は、やはり殺してしまうのが正しいと思うんじゃないかな。
 
 別の例でいうと、例えば物凄く頭脳明晰で社会的にも地位のある人が、アマゾンの奥地で何百年も他の民族との交流や文化を極力避けてきた民族の崇拝する神を、馬鹿げているからやめさせろというのは正しいことなのか、また、いつどの段階が現代の文明と接近、交流する段階なのかなど、杓子定規に判断できることではないよね。
 
 JWのいう「組織は正しい」にも、ちょっと問題があって、まず、動機の問題だね。
 
  ①その人自身は、本心から正しいと考えている。
  ②ほんのちょっとの疑問はあるけど見ないことにする。
  ③変だと思っても、他の言い訳を考えて正当化しようとする。
 
 こうなってくると「正しい」という言葉の定義にもなってくるけどね。
 JWの最高決定機関に所属しながら、後に脱会したレイモンド・フランズが著作に書いているけど、組織に居て組織に対しまったく疑問を持っていない人など一人もいないと言ってます。もし①の人がいるとしたら、おそらく統合失調症などに疾患している確率が高いんじゃないかな。
 
 あと、難しい問題としては、薬品を作るための動物実験や、安楽死の問題なんかも安易に答えることのできないことで、一つ一つの事例をできる限り丁寧に見ていくしかないのかな。

 現代において、顕著になってきているのはNHK問題があるね。色々な視点から観られ、政府も統一した見解を強要することが出来なくなってきています。
 私としては、正直、NHKのいう「平等」って、カルト宗教のいう「愛」と同じ質を感じているんだけどね。

 結局、人生って自分の中で「正しい」の精度を上げていくってことかな。人生は自分との戦いで、いかに自分の持っている力、可能性を出し切ることができるかだと思うよ。 

 「大人って言うことと、することが違ったり 言うことが変わったりする」 の直接的な回答にはなってないね。もうちょっと具体的な話だと、短めに答えることができるかも。