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PBX5 Bldg.

当館にお越しくださりありがとうございます。生活や思い出、たてもの関係など、ジャンルを問わず書いていきます。気軽に読んでいただければ幸いです。

私は虚弱体質と、事故による障がいのため親、特に母親の介護で生きてきました。

当館でいくつかお伝えしています秋葉原へも、当初は友達と行っていましたがやがて母親の助けで行っていました。そのため、アキバのオヤジさんの間では「いつもの親子」と呼ばれていました。

 

現在、立場は逆転し私が母親の介護補助(ヘルパーさん併用)をしています。所謂老障介護。

それでも、共働きの中、私をアキバや晴海の建築関係フェアに連れて行ってくれて、現在の私があります。感謝のカーネーションではなく、今日はなるべくそばに居ていっぱい話しました。

母の日に手紙書いたことある?

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知人宅で、ふとエアコンを見ましたら・・・

"FUJITSU"

私の愛用ノートパソコンは富士通です。全く同じロゴ。え、エアコンも作ってたっけ??

 

実は富士通ゼネラルという関連会社のエアコンでした。

 

以前はゼネラルという家電メーカーで、川崎市の武蔵溝ノ口近くに工場があります。

親が、上京し初めて働いた会社でもありました。当時は、八欧電機という名前でした。

幼少の頃、家にあった白黒テレビと真空管式ラジオはゼネラル製でした。

 

1980年代、ゼネラルは「オーディオテレビ」というものを発売しました。

当時は、テレビの音質はあまりよくありませんでした。テレビのイヤホンジャックから、コードでラジカセに繋ぎ録音したことがありますが、「ジーッ」という雑音が入っていました。

 

うろ覚えですが、このオーディオテレビは、スピーカーなど音質重視のものを採用し、テレビの音声回路も雑音の少ない方式だったようです。そして、確か外部入力やFMラジオも内蔵されていました。

 

当時のアナログテレビ放送は、FMの周波数のすぐ上に1・2・3チャンネルが割り当てられていました。なので、チューナーという回路を一工夫すれば、テレビでFMラジオ音声を聞くことができたのです。

オーディオテレビのキャッチコピーは「マルチプルに楽しめる」でした。

 

FMラジオの周波数と、アナログテレビ放送が近接していた名残は、一部のマンションやケーブルテレビ局に残っています。壁のテレビアンテナ端子に、FM放送の電波が分配されていることがあります。手持ちのミニコンポなどを、このアンテナ端子に繋ぐと、雑音のないクリアな音声を楽しめます。

 

今、自宅にあるテレビはハイビジョンの薄型。ネット機能もあって、その中にradikoがあります。テレビでネット配信の地元ラジオ局が聴けます。この機能を使うたび、ゼネラルの「オーディオテレビ」を思い出します。

今日は節句です。お天気も良く、午前中は近くにお散歩に行きました。

 


まだ一部自然が残っていて、プチ・ハイキング気分を味わえました。

様々な鳥の鳴き声がして、清々しかったです。

 

私が幼少の頃からの、よろい兜をこの時期、毎年飾っています。

二十歳、三十歳でやめようかと思いましたが、1年も中止することなく飾り続けてきました。

そして、3時のお茶の時間には

柏餅をいただきました。

外見や実年齢は大人を通り越し、爺さんに近づいていますがこの日ばかりは、子供のようにワクワクしながら柏餅。

子供の頃の自分と語り合うようになってから、このこどもの日はそれまでと違う、ステキな日になりました。