1995年、Windows95という新しいOSが発売されました。それまでは、MS-DOSという黒画面でコマンドを打ち込んで使ったり、そのDOS上で動作していたWindows3.1もありましたが、まだ一般的ではありませんでした。
当時は仕事で、NEC日本電気のPC-9801というパソコンを使用していましたが、とても高価でした。本体だけで40万円位しました。エプソンの互換機や海外メーカーのパソコンも出始めていましたが、このWindows95を機に、より安くパソコンを入手できる手段として、私の周りでは「自作パソコン」というものが流行っていました。
IBMのPC/ATというパソコン互換機のことで、規格が公開されていたため、各社で互換部品が売り出されていました。私も、知人から勧められて初めて「パソコン自作」にチャレンジしてみました。
知人と秋葉原へ向かいました。それまで入ったことのなかった、路地裏にあるいくつかの小さなパソコンショップに案内され、部品を買い揃えました。全部で17万円位でした。
パソコンの基板である「マザーボード」という部品は、今は"ASUS""GIGABYTE"といったブランド名が明示され、日本語のHPもありますが、当時は写真のようにメーカー名は書かれてなく、"MAIN BOARD"と書かれているだけで、基板にも"P/I-P55T2P4"と品番のみでした。知人は「エーサス社」と言っていましたが、読み方がわからず、店により「アーサス」「アザス」「エーサステック」など言われていました。
マザーボードには、キーボードのジャックしか付いてなくて、プリンタやモデムなどのコネクタは専用ブラケットにあるコネクタを接続する必要がありました。また、画面や音声を出力させるために、専用の拡張カードを揃えていたのも特徴でした。
(続く)
