1980年代、東京・日本橋の高島屋デパートや書籍の丸善へ行くたび、気になっていた建物がありました。
外観は、5階建ての屋上に1階分増築したような感じで、窓割りや軒の形状から昭和初期の近代建築のようですが、写真のようにタイルは剥がれるなど痛みが激しく、防護ネットで覆われていました。1階の奥と地下でレストランが営業していましたが、そのほかは閉鎖されていて、夜は真っ暗でした。狭いながらドライエリアがあり、地下室の窓も見えました。
通りに面した玄関と思われる中央部分に「?藤ビルディング」と書かれていますが、?は文字が取れてしまっていてわかりませんでした。斜め向かいの高島屋は、カメラを向けている人が時々いましたが、この建物は誰も見向きもしません。私は少し寂しくなり、カメラを向けシャッターを押しました。高島屋を撮っていたかたが、変な顔して私を見ていましたが、そのかたはこの建物にはカメラを向けず、立ち去ってしまいました。
ある日、お隣の老舗のような個人商店に、この建物について尋ねたのですが、「火災説やオーナー失踪説など情報が錯綜してよくわからない」とのことでした。レストランに入ってみたかったのですが、時間など機会がありませんでした。
1993年頃、いつものように高島屋へ向かっていましたら、この建物側面のシャッターが開いていて、トラックが横付けされ作業員が机など運び出していました。辺りはカビとホコリが混じったような匂いがしていました。作業員に尋ねると、「解体して新しいビルができる」とのことでした。そして、新聞記事にもならず、ひっそりと解体・撤去されてしまいました。この建物が、華やかだった頃が知りたいです。跡地には、「加藤ビル」という黒っぽい高層ビルが建っています。