告別式から帰って、僕たちは、少しずつ元の生活に戻っていった。
彼の住んでいた寮の部屋は、僕らが勤務している平日に引き上げられた。
それが、最後のチャンスだったが、
その時も結局お母さんに会うことはできなかった。
しばらくして、香典の返しが届いた。
一般的に「半返し:50%分の品物を贈る」が多いが、
私に届いたものはもっと高価なものだった。
とても「半返し」というものでは、なかった。
おそらく全額返しになっていただろう。名前から、僕が救急車で息子を病院まで届けた人間ということを知ったのかもしれない。
申し訳なく思った。
僕は結局、一度もお母さんに会っていない。電話であの夜に話しただけだ。
「T君」のあの日の様子を、
僕だけは、どんなことがあっても、やはりお母さんに伝えてあげるべきだったのではないか?
「命に別状ない」そう言って、結果的にひどく落胆させてしまったことも、
一言謝っておきたかった。
そう思いつつ、時間はあっという間に流れてしまった。
もう十数年以上も前の話です。
今でも、脳内出血とか、聞くと思い出します。
心に刺さった棘のように、ずっと、気になっています。
余談ですが、「T君」が逝ってから、数年後のこと、
職場で、幽霊がでるとの噂が広がりました。女性達がえらく盛り上がってて、幽霊の正体について詮索していました。
当然「T君」が幽霊となって出てきたのかもしれないと言って怖がっていました。
そこで、にこやかな笑顔の上司が一言、
「俺は逢いたいなぁ!幽霊のT君に。T君が優麗なら怖くない。ぜひ会って話したいよ。きっと彼ならいろいろ向こう(冥土)のこと、優しく教えてくれると思うなぁ。」
その一言でうわさ話は立ち消えました。
噂をきいてモヤモヤしていた僕の心も綺麗に晴れました。
笑顔の上司、ナイス! 心でつぶやきました。
ここ十数年、心に引っかかってたことです。
ここに書いてみて、結果的に「T君」を晒し者にしてしまったのかもしれません。
でも、「T君」のお母さんに伝えられなかったことを、
いつか伝える機会があるかもしれないから、
いやたとえ、もう機会がなくても
こうやって文章に残しておくことで、
僕の心の荷物を少しだけ降ろさせてもらえるなら、そう思って残しておきます。