「命に別状はない。」 医者の説明に、心底ほっとした。

「命に別状はない。」この言葉にどれだけ安堵したか。


CT撮影室から病室に戻ってきた「T君」は、意識が戻っていた。

「もう、らいじょうふでふから、ふぁえってくらはい。

 もう大丈夫ですから、帰ってください。」


付き添おうとしている僕への気遣いをみせた「T君」。


「心配せんで、休みぃや!」 そういうと彼はまた眠ってしまった。

僕は、「T君」の実家へ連絡しなければならなかった。もう夜の9時を過ぎていた。
当時、まだ僕は携帯を持っていなかったから、病院の緑の公衆電話からテレフォンカードでかけるしかなかった。かける前に、千円のテレカを2枚買った。

会社から聞き出した電話番号にかけると、ろれつの回っていない男性の声が聞こえてきた。「T君」のことでお話があります。そういうと、電話は、「T君」のお母さんに代わられた。


あとで聞いた話だが、この時先に受話器に出た人は、「T君」のお父さんで、お父さんも数年前に脳内出血で倒れ、一命はとりとめたものの、言語と手足に障害が残ってしまっているとのことだった。

私は、「お母さん、まず落ち着いてくださいね。いいですか?」とまず前置きをしたあと、今日起こった出来事を順に、わかりやすく、説明した。

「私は、息子さんと同じ会社で、同じ寮に住んでいるJJというものです。
今夜、息子さんが脳内出血のため倒れられ、救急車で運ばれ、今、病院で治療を受けています。でも、大丈夫です。お医者さんがおっしゃるには、命には別状ないそうです。いいですか?命には別状ないんだそうです。だから、落ち着いてくださいね。」


僕は、祈りのように、「命には別状ない」と「落ち着いて」を繰り返しました。

電話の向こうで泣き崩れている「T君」のお母さん。


「父ちゃんに続いて、なんで”T”まで、なんで!なんで・・・」

しばらくして、お母さんが少し落ち着いてきたので、

「今すぐ、病院へ来ることができますか?」と切り出しました。


すると、

島と本土の連絡船は、すでに今日の分が終了していて、明日の始発まで手段がないとのこと。また、お父さんの世話を誰かに頼まないと島を離れる事ができないこと。などがわかってきました。


僕は、「それでいいです。命に別状ないんですから。お母さんが慌てて怪我とかしたら大変です。慌てずに、来てやってもらえますか?それまでは、会社のみんなで”T君”についてますから!」


お母さんは声を詰まらせていました。
テレカは凄い勢いでカウントダウンされて、僕は身振り手振りで、看護婦さん知らせて、千円札をあと2枚渡して、自販機で追加購入してもらいました。

そして、長い長い電話が終了したのです。