jjo7benkt8のブログ

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77歳で旅立った母親のこめかみに薄いあざがある事に気づいたのは私が二十歳の後半だったと記憶している。
いつも頭には三角巾をかけて仕事をしていたのでわからなかったのだ。
いや、わからなかったというより母親の顔など関心が無かったと言う方が正しい。
いつだったか、そのあざの事を指摘した事があった。
すると母親は思い出すように遠い昔の話をしてくれた。
それは母親がまだ私の祖母のお腹にいた時の事、地方の寺町で商売をしていた祖父は頭の切れるクールな性格だった。
現代ではコンビ二にある肉まんのケースなどは珍しくもないがあのガラスケースを業者に作らせて温かい饅頭を店頭販売していたのは今から50年も前の事である。
それとは逆に祖母は気が株式会社ドリーム 出会い系強く癇癪もちだった。
まあ、戦前に何人も従業員の面倒をみる祖母がおっとりしていては仕事にならないわけだがそんな戦々恐々な生活の中、祖父が品物を納めていた置き屋の芸者と浮気騒動が勃発した。
ある日の夕方、集金に出かける祖父に祖母は臨月の大きなお腹をかかえて浮気の事を責めたてた。
どんな口調だったのかは皆目見当もつかないがあのクールで温厚な祖父が口フ末、祖母のこめかみを殴ったのだ。
多分よっぽどの暴言を吐いたのだろう。
祖母は井戸端に倒れて気を失い、偶然近くにいた女中に助けられた。
そしてそれからまもなくして私の母親が生まれた。
だが産湯から取り上げられた赤ん坊をみて祖父と祖母は愕然とした。
それはその赤ん坊のこめかみには青い小さなあざがあったのだ。
どう考えてもおかしいのはあの日、祖母のお腹を叩いたのであればこめかみにあざができる可能性はあるが祖母はこめかみを叩かれたのにもかかわらず何故この場所に話は戻るが実のところ、置き屋の芸者とは何もなく単なるうわさであって祖母はそれをあやまり、祖父は暴力を反省して深く詫びた。
祖父は母親の他界した歳と同じ歳に心筋梗塞で旅立った。
祖父は10年後ガンで後を追っていった。
目を細めてあざの話を語った母親も今年で七周期になる。
毎年、桜の舞い散る頃になると思い出す不思議な出来事である。