脊髄損傷を負った当時、
小学4年生の娘と2年生の息子と妻の姿を思いながら
あのとき私が考えたのは
「どうやったら立ちあがれるか?」ではありません。
どうやったら家族を養えるのか?
どうやったら仕事復帰ができるのか?です。
しかし…高校卒業してから20年調理の仕事をしてきた自分が、車いすの身体で再び厨房に入れるとは想像できませんでした。
なんの仕事をすればいいのか?
全くわからない。
自宅から遠く離れた病院に入院して、リハビリしながら1人で様々なことを考えて生活していましたが、当時は十分な情報も何もなく、8ヶ月で退院しました。
しかし現在は千葉県柏市に出来て2年の最新の施設の厨房で、スタッフに食事を作る仕事をしています。
毎日バスで通ってるんですが、車いすてバスはかなりハード。だけど毎日通っているので周りの人たちもずいぶん馴れてくださってるんです。上手くいくと私が乗り降りするスロープ作業を含めても1分かからない。お客さんたちもスイスイ動いちゃう。
馴れってすごいですね。
私が夜に飲みにいくところも同じ。
皆さん普通に飲んで笑って。
車いすがなんだとか関係ない。
冬になると脚が勝手にバタバタ動いたりするんですけど、それもいつものこと。嫌だけどしょうがない。
だけど目が馴れてきちゃうから、これも同じ。
家の外に自分の場所を作る努力が大切だと思います。
今年で車いす生活10年。
春にはトライクに乗れるように頑張ります♪
