今日、樋口毅宏氏の「タモリ論」を読み終えた。
前書きと第1章は100点満点の面白さだった。
第1章の最後の1行を読み、ヤバイ、これからどんなことになるんだ、と期待したが、そこがマックスで、それ以上の深みに入ることなく、第2章以降はフツーのエッセイだった。
この本は全体を通せば、タモリ論というより「笑っていいとも論」にすぎない。
しかも、お笑いにしろ映画にしろアイドルにしろ、そもそもが大衆文化の評論なんてインテリたちのゲームなんだから、客観性なんていらない。
対象への個人的な愛がすべてであって、それをどう文章や言葉で上手に、もっともらしく表現するかがキモなんだ。
と思う。
中山康樹氏のマイルス本が良い例だ。
中山氏にはリズム音楽を聞くセンスがまったく無いと思うけど、彼の文章は偉大なるマイルスへの愛にあふれていて、読者はそのエネルギーに打たれ、つい納得させられてしまう。
その意味で、樋口氏にはタモリさんへの愛が足りない気がした。
本当はビート氏や松本氏のほうが好きだし、リスペクトしてるんじゃね? と感じた。
しかも、その他に彼が好きだというアーティストや評論家が、町山氏を除いて、ことごとく自分の趣味とは違っているため、読み進めるうちに少しずつ熱がさめていった。
でも、前書きと第1章の面白さだけで十分買う価値はあったし、自分にとってのタモリ氏とは、について今一度思いを巡らさねばなるまい、と思わされた。
それは間違いない。