(嘘の証言をして無実の罪を着せた同僚の行方を探す主人公に、元の勤務先の園長)
「人を恨むと、そのまま自分に降りかかって来ますよ」


(逮捕当時主人公に厳しい取り調べをした刑事)
「怒りっていうのはな、破壊衝動なんだよ。相手を破壊するか、自分を破滅させるか。」


鎌田敏夫さんというと「金曜日の妻たちへ」の軽薄なイメージだけど、この「逃げる女」は感じが違う。
見ていると息苦しくなる…。
昨夜は職場の方の退職祝い会。
大所帯なので賑やかで、なんだかとても楽しくて飲み過ぎた。

帰りの電車はもう眠くて眠くて…。
自宅最寄り駅で降りるとホームのベンチに座り、バッグに顔を埋めて少し眠ってしまった。何本か後に着いた電車を降りたひとが何か声をかけながらお尻をペンペン!と強めに叩いてくれて目が覚めた。

歩き出すと、胸がムカムカして気持ち悪い。頑張って階段を登り改札を出てロータリーに出たところで堪えきれずバッグに入れてあったビニール袋を出して吐いてしまった。

お酒飲んで吐くなんて20年振りだ。
いい歳したおばさんが、恥ずかしい!
もう死ぬまでこんなことのないようにしなければ(汗)

でも本当に楽しかった。
毎日バタバタと忙しいが諸先輩方が皆親切でチームワークも良いし、今の職場に来て良かった。
桜、富士山、ひまわり、ブラバン、ありがとう…その他、夫と女の不倫に穢された沢山のもの。

日本に生まれたんだもの、私だってそれらは大好き。なのに、見ると夫と女の不倫を思い出して嫌な気持ちになってしまっていた。

年末に読んだ「自分を『ごきげん』にする方法」(辻秀一著)。

何かを嫌だ、気持ち悪い、最悪、憂鬱…などと感じるのは、認知の脳がそう意味づけているから。富士山や桜はただの「富士山」と「桜」であり、富士山はただそこにあるだけ、桜はただそこに咲いているだけ。自分の脳による意味づけが、それらを嫌だと思うようにしてしまっている。そのことに気づかないと、いつも心は外側の物事に翻弄されてしまう。

あ、今自分で意味付けをしているなと気づくだけで、自分を少しでもごきげんにできる。それは「ポジティブシンキング」「気にしない」「忘れる」「逃げる」「耐える」とは違う…というようなことが書かれていた。


なるほどね…でもやっぱり気持ち悪いし穢らわしいよな。と思っていた。


が、昨日の朝通勤中にふと「私が富士山を見て嫌な気持ちになる必要はない。不倫デートの行き先にしたことで富士山に対して恥ずべきなのは夫と女の方ではないか!」という考えが浮かんだ。

そうだ。
私は何ら臆することなく、富士山をまっすぐに見る資格があるんだ!

ここ2年近く、通勤電車の窓から富士山を見て何も考えず「きれい~」と感じ、すぐ後に「あっ、穢らわしい山だった!」と慌てて目を背けたりしていたが、そんなこと私がする必要ないんだ!
富士山も桜も、自分のもの。

なんだかちょっとスッキリした(笑)


まあ夫と女は不倫するような図々しい人間だから、恥じるなんて気持ちはないだろうけれど(苦笑)

夫と一緒にそれらを見たりはまだ嫌だけど、月日がたてば何とかなるかもしれないと少し気が楽になった。

わざわざそんな風に考えてる時点で、やっぱり夫も女も許してないって事も改めて確認した気もする。

相変わらず月一回爆発もしてるし、進歩ないな(^^;;