桜、富士山、ひまわり、ブラバン、ありがとう…その他、夫と女の不倫に穢された沢山のもの。
日本に生まれたんだもの、私だってそれらは大好き。なのに、見ると夫と女の不倫を思い出して嫌な気持ちになってしまっていた。
年末に読んだ「自分を『ごきげん』にする方法」(辻秀一著)。
何かを嫌だ、気持ち悪い、最悪、憂鬱…などと感じるのは、認知の脳がそう意味づけているから。富士山や桜はただの「富士山」と「桜」であり、富士山はただそこにあるだけ、桜はただそこに咲いているだけ。自分の脳による意味づけが、それらを嫌だと思うようにしてしまっている。そのことに気づかないと、いつも心は外側の物事に翻弄されてしまう。
あ、今自分で意味付けをしているなと気づくだけで、自分を少しでもごきげんにできる。それは「ポジティブシンキング」「気にしない」「忘れる」「逃げる」「耐える」とは違う…というようなことが書かれていた。
なるほどね…でもやっぱり気持ち悪いし穢らわしいよな。と思っていた。
が、昨日の朝通勤中にふと「私が富士山を見て嫌な気持ちになる必要はない。不倫デートの行き先にしたことで富士山に対して恥ずべきなのは夫と女の方ではないか!」という考えが浮かんだ。
そうだ。
私は何ら臆することなく、富士山をまっすぐに見る資格があるんだ!
ここ2年近く、通勤電車の窓から富士山を見て何も考えず「きれい~」と感じ、すぐ後に「あっ、穢らわしい山だった!」と慌てて目を背けたりしていたが、そんなこと私がする必要ないんだ!
富士山も桜も、自分のもの。
なんだかちょっとスッキリした(笑)
まあ夫と女は不倫するような図々しい人間だから、恥じるなんて気持ちはないだろうけれど(苦笑)
夫と一緒にそれらを見たりはまだ嫌だけど、月日がたてば何とかなるかもしれないと少し気が楽になった。
わざわざそんな風に考えてる時点で、やっぱり夫も女も許してないって事も改めて確認した気もする。
相変わらず月一回爆発もしてるし、進歩ないな(^^;;