さて、再開します。実は・・・
実は、2月の3日に親父が亡くなりました。
普通なら、4日の木曜日が、葬式なんですが、
友引のため、金曜の5日になりました。
3年前に胃がんが発見され、手術をしました。
去年の10月に再発している事が判明しました。
さて、ここで、再度手術をするべきか?
という選択を迫られ、親父は、放置と言う選択を
しました。これは、仮に、手術をして、いくばくかの
延命をしても、身体に負担になるし、放置して、
自然に死ぬ事と時期的にあまり変わらないからです。
そういう状況なんで、毎月定期健診がありまして、
1月14日に検診を受けた際に、腎臓機能低下で、
尿毒が体内に溜まりすぎていて、透析しないと死ぬ
ということになり、即座に入院となりました。
しかし、透析とは、かなり心臓に負担がかかるとの
事で、かなり心臓も悪くなっているので、病院としても
医療事故につながるリスクも高いので、またしても
選択を迫るんですね。結局、親父は、透析するという
選択をしました。今まで、手足、顔がパンパンに
むくんでいたのがウソのように回復しました。
結局6回透析をしたんですが、最後の方は、かなり
苦痛だったようです。3時間動けないし、血液を
入れ替えるに近い作業なんで、どっと疲れる様です。
病院から急変したという連絡をもらって行ってみると
ICUで苦しそうに酸素吸入をしてる所で、かなり
つらい光景でした。しかし、2時間くらいして、容態も
小康状態となったんで、ICUを出て、個室に移って、
「まだ、大丈夫やね、誕生日まではもつわ」と
話してました。その誕生日は、実は、
葬式の5日なんですね。その日は、大丈夫やろ、と思い
グーグー寝てましたら、その日の3時に痰がからんで
咳き込むからと、一緒にいた母親がナースコールし、
取ってもらって、看護師さんが出て行くのを見届けて
眠るように息を引き取ったとのことです。
驚くべきは、検診に行く直前まで、確定申告の準備で
たな卸しを立って行っていたことです。結局20日しか
入院していませんでした。誰の手も煩わす事無く、
静かに死んでいったのです。
葬式も、来ていただけた人数の多かったこと。
通夜、告別式あわせて約700名です。
改めて、父親を尊敬しました。火葬場へ移動の際に
葬儀屋さんの話された事が印象深かったです。
葬式は、本質的には、生きている遺族への
義理立てである。「あなた、来てあげたよ」と、焼香も
遺族を見てすると。でも、今回は、人数もさることながら、
どの人も親父の遺影を見て「しんちゃん、さいなら」と別れを
していたと。あっ、しんちゃんとは、新一朗(しんいちろう)
と言う名前なんで、そういう愛称なんですね。しかし、
通夜の後、近所の居酒屋さん、おすし屋さんを喪服を着た
人が埋め尽くし「しんちゃん談義」に花を咲かしていた事が
一番誇りに思えます。普通、葬式後は即帰宅し、
できるだけ早く喪服を脱ぎたいはずですよね。
で、一杯行こか・・・とさせてしまう親父は、すごいと思います。
71年生きてきたんで、僕が、今43歳なんで、同じだけ
生きるとして、あと28年しかありません。
越えられないまでも、少しでも近づけるようにしていこうと
思います。
店でしたんで、元に戻しているところです。
しかし、一日も業務用の配達を休まなかった
のは、本当にラッキーでした。こんなところまで
「誰にも迷惑はかけない」と言うのを貫くとは・・・
さて、明日も、ガンガン行こう、と思いますね。
商売人なんだし、明るく行かないと、親父に
叱られます。本当に感謝します。

