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数週間前に書いた心の声になります。
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上記ニュースによると、2023年6月、愛知県の東三河地域を襲った豪雨では、豊川が氾濫し多くの農家に甚大な浸水被害が出た。
この被害を受けたバラ農家の佐久間さんは、ある記者からの質問にこう答えたという。
質問: 「またバラを作っていきますか。」
佐久間さん: 「ちょっとそれはお答えできないですね、今回、すみません。ちょっとやめていただきたいです、その質問は。すみません。」
なんとも心ない記者からの質問。
佐久間さんが全身全霊で育てていたバラ農園にも影響し、被害にあった大切なバラの亡き骸を片づけたところだったそうだ。
大切に育てた子どもを災害でなくした者に、「また子作りされますか」と言っているような質問だ。
そのやりとりは、ある体験を思い出させてくれた。
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29年前、心臓の難病で前旦那さまが人間界にさよならした後。お葬式に間に合わなかった会社の同僚が夜に来てくれた。
その同僚から出た言葉を今も覚えている。
「これからどうするの?」
その時、前旦那さまはもう灰になっていた。
でもわたしの頭にも心にも、生前の前旦那さまがいた。
これからどうするかなど、想像もしていなかった。
考えたこともなかった。
考えたくもなかった。
数週間して、高校の友人から電話があった。その友人はわたしに、「また彼氏をつくればいいよ」と言った。
それにどう反応したかは覚えていない。
会社の同僚が言ったことも、高校の友人が言ったことも、前向きになるためには、いいアドバイスだったのかもしれない。
ただ、3年弱という期間の間に3回も入院をし、「おじーちゃんおばーちゃんになってもずっと一緒」と言ってくれた前旦那さまのことは、そう簡単に忘れられないのは当然だ。
それから何十年も過ぎ、同僚と友人があの時ああいうことを言ったことを客観的に考えられるようになった。彼女たちには無知の世界のことだったから、そういう言葉しか浮かばなかったのかもしれない。わたしだって、彼女たちの立場であれば、同じことを言っていたかもしれない。
無知という罪のない理由で。
なのに、バラ農家の佐久間さんの返答を読んだ時、当時の自分の怒りが込み上げてきた。
自分の中ですでに処理できていると思っていたことなのに。
20歳で結婚しその年に、人間界で最愛の前旦那さまが難病で余命わずかと知らされた。23歳でその彼にさよならしなくてはいけなかった。
母は、当時のわたしはまだ子どもだったと言ったことがある。わたし自身、2倍以上の年齢になった今、23歳の自分は子どもだったように想う。
よくがんばったよ、あの時のわたし。
ほんとうによくがんばった。
あの頃のことをさらに思い出そうと意識をそちらへ向けるだけで、涙があふれ出て、意識はそれより先に行こうとしない。
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同時にいま思い出したこと。
その数年後、通い始めた英会話教室でできた新しい友人に、前旦那さまをなくしたことを話した。
わたしはすでに、彼女には心から受け入れてくれる大きなものを感じていた。
聞き終わった彼女が言ったことは、「ごめんね、なにもいう言葉がみつからない」という、素直で正直な気持ちだった。
そうなのだ。
それが聞きたかったのだ。
なにもいう言葉がみつからなかったら、それをそのまま言葉にすればいいのだ。
素直でいることの大切さ。
この友人の言葉に、想いもよらずに救われ、癒されたあの時のわたし。
その友人の言葉から学ばせてもらったわたし。
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