「便箋」 | まめたののんきブログ

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のんきに言葉をつづっています。

私はどうやら死んでしまったみたい。ふわふわと浮いている。形があるのかないのか分からない状態です。

透が泣いている。閉ざされたカーテンのなかの暗い部屋で背中を丸くして子供みたいに泣いている。髭も伸び放題。随分、痩せてしまったね。透の茶色の瞳から生まれる涙の粒が連なり、連なり、涙が幾筋も頬を伝う。床にいびつなお月様みたいに丸く染みをつける。潔癖症の透の部屋は信じられないくらいに荒れていて、思わず私は手を伸ばす。私の送ったお手紙が何通も床にならべてある。なんと初々しい文面だろう。割れた硝子ケースその中に散らばる貝殻、危ないよ、硝子の破片が散っているのに、透、裸足じゃないの。血がところどころにじんでる。透の足や硝子に指を伸ばす。けれども触れることが出来ない。いつかの浜辺でふたりで見つけた七色の貝殻が僅かなカーテンの隙間から差し込む日差しにきらりと光る。ごはん食べてないでしょ。キッチンはさめざめと鈍く光る。私は透の好きなドリアを作ってあげたかった。いつも私にラザニアを作ってくれたみたいに。ねえ、泣かないで。私は透の涙をぬぐってあげたかった。透が私にいつもしてくれたみたいに背中をぽんぽんってしてあげたかった。でも何もできない。透、透、透。名前を呼んだ。でも、透の耳には届かない。私は空気のように形をもたない存在となってしまったから。ねえ、泣かないで、笑って、透。そのとき目に入ったのはあるお手紙の一文。映画を見たあとしくしく泣きつづける私を馬鹿だなあ。って笑った透にあてたお手紙。私すごくすごく渾身のパワーをこめて、ああ、こんなに力一杯、何かをしようとしたことなんてなかった。かみさま。一枚の便箋を、それはドラえもんのレターセット。タイムマシーン。に指をのばす。便箋が持ち上がる。そのまま、透の膝のうえに置いた。透は目を丸くした。私のほうを見た。視線があう。私は笑った。たぶん。そういう感じだと思う。透は私が見えてないみたい。でもちゃんとお手紙を読む。「私のことを泣き虫だなんて笑ってたけど、きっと、透のほうが泣き虫だよ。だってちょっと泣いてたじゃん。気がついてないと思ったでしょ。今度、映画みて泣いたら私、笑ってやるからねっ」懐かしい文字。透は私のほうをまた見る。た私の名前を呼ぶ。私はすっ。と意識が消えかける。そのとき一枚の便箋を優しくなぞりながら、少し笑う、透の八重歯が見えた。