吉田拓郎
妻が10年前のわたしの教え子に、街でぱったり会ったということです。今も時々、わたしの本を取り出して読んでいるとのこと。「心が救われます」と言っていらっしゃったと教えてくれました。
わたしの辿ってきた人生にも、少しは人のお役に立てているところがあるとすれば、わたしの方こそそれによって救われているというものです。
高齢になり、体が不自由になって、「こんな人の世話にならなければ生きられなくなって」、と嘆かれている方もおりますが、そのお気持ちはよく察せられます。どんな形であれ、面倒を見てくださる方がいらっしゃることはありがたいことです。
しかし、一方で、その方がいらっしゃることで、他の人たちから今まで隠されていた愛情が引き出されてもいるのだとすれば、人の世話になることにもそれなりの価値があるものだと感じられます。面倒を見る方も見られる方も、共に相手を必要とするものなので、ありがたいことです。
最後の姉が亡くなって3ヶ月。残務整理のため、熱海に行ってきました。これで親も兄弟もすべて亡くなり、わたし1人だけ残されました(甥はいますが・・・)。
わたしの人生はどこまで来たのだろうか?