爺やが予約してくれたバスツアー。

 

東京丸の内南口で待ち合わせ。爺やはその日は授業があったので学校から直接

東京駅に来る予定。

 

私は早めに行って待っていた。

 

相変わらず時間に遅れる爺や。おまけに何度LINEを送っても返事がない。

こういう時は大抵、時間遅れて焦って携帯をどこに入れたかも忘れてオオボケかましている時だ。

 

乗る予定のバスがすでに停留している。もうあと5分で出発という時、小走りで爺やがやって来た。

 

遅れた理由はいつも聞かないであげている。

そこに無事に到着した事だけほめてあげる。

 

バスはきれいな二階建て造りで私たちは2階席の一番前に座った。

お客は少なかった。

 

コースは東京駅を出発して途中ホテルを二軒ほど寄ってお客を拾ったら

レインボーブリッジやお台場を通過してスカイツリーで降りてデッキまで昇っていく、という

ツアーだった。

私たちは浅草に宿泊していたのでバスに戻ることはせずにそこで降りたらバスには戻らない

とガイドさんに伝えた。

 

東京の夜景はとてもゴージャスだ。

アメリカでもNYやSF、LAやVegas、Chicagoなど沢山の街の夜景を見てきたが、爺やと眺める東京の夜景はひと際綺麗だった。

 

スカイツリーは、毎晩ホテルの大浴場の露天風呂から眺めていたのだが実際に昇るのは

初めてだった。

 

そしてデッキから見た東京の夜景は、言葉を失うくらい綺麗だった。

 

私にはどうしてもここに来たい理由があった。

 

アメリカに移住して以来、30数年、たくさんの紆余曲折があった。

そして困難に直面するたび、なぜか私の脳裏には東京の夜景が思い出された。

そして

「負けるもんか!」

といつも心で自分を応援していた。

 

なぜ東京なのかわからない。きっと渡米直前まで東京に住んでいたからなのか。

それとも以前東京タワーから眺めた東京の景色に感動したからなのか。

 

ただ、いつも思っていたのは

いつか高いところからまた東京の夜景を眺めてこの30数年頑張ってきた自分をほめてあげよう!と思い続けていたことだ。

 

きっと一度だけそんなことを爺やにメールで書いたのだと思う。

 

爺やは、デッキから夜景を眺める無言の私を見て何も言葉をかけなかった。

 

私は隅から隅までじっと夜景を眺めていた。

 

沈黙しながら沢山の事を思い出しながら。

 

 

「なんて綺麗なんだろ・・・・」

 

やっと言葉を発した私に、爺やは

 

「思い出すことが沢山あるんだろうね、姫は。あのでかい国できっと頑張っているんだろうね」

 

そんな優しいことを言われて涙がぽろぽろと出てきた。

 

そうですとも!私死んでしまいたいくらい辛いことが沢山ありました。

 

親に反対されて国際結婚して、不安なまま出産して、離婚もしてシングルマザーとして

たくさん働いて、今のダーリンに会って幸せな家庭を築くまでいったいどれだけの涙を

流したのだろう。

 

つらい度に私の背中を押してくれたのは、いつか幸せな自分にこの東京の夜景を見せてあげる事だった。

 

ひょんなことから爺やと知り合って、こんな形で手をつないできれいな夜景を一緒に眺めているなんて信じられなかった。

 

夜景を見ながら、頭の中でマッキーの歌う 「遠く、遠く」 が流れてきた。

あの歌は外国に暮らす日本人には応援ソングだと思う。

 

外国に居住する日本人は大抵そんな簡単に帰国できない。

同窓会の誘いが来ても、友人の結婚式の誘いが来ても、親戚が病気になっても

皆それぞれの生活と事情があって、そんなにすぐには帰国できないのが実情だ。

 

この街で暮らしていこう、と決心したらその土地に力強く根付くまで頑張るのが日本人だ。

日本にいる両親の事を気にかけながら、少しでも自分たちの生活をより良くするために

皆頑張っているんだ。

 

アメリカで日本人合唱団で「遠く遠く」を歌った際に、聴衆の日本人たちが歌を聴いて

ウルウルしているのを見て歌っている私たちも一緒に泣けてきたことがあった。

 

日本人としての誇りと、日本に対する郷愁が皆あるんだな。

 

爺やは相変わらずの蝶ネクタイ姿だった。二人で写真を撮った。

写真の時に笑顔になれない爺やの写真はどれを見ても仏頂面だ。

 

「笑顔で撮ろうよ」 といっても

『オトコはそうヘラヘラと笑うもんではない』 といっていつも同じ顔だ。

 

スカイツリーの中で夕食を食べた。

讃岐うどんに揚げたての天麩羅を載せた。

爺やは、讃岐うどんが初めてだったらしくそれはそれは美味しそうに食べていた。

 

「今までよく讃岐うどんの店の前を通過していたが、まさかこんなにうまいもんだとはおもわなかったな!

姫と一緒にいるといろいろ新しいものに挑戦出来て楽しいな!」

 

そう言って喜んでいた。

私もですよ、爺や。あなたに色々と新しい食べ物を紹介してあげるのが楽しいですよ。

 

浅草で一緒にお好み焼き屋にも行った。

お店で鉄板で自分で焼く、と言う事をしたことがなかったらしい。

やけに感動してビールがすすんだ様だった。

 

爺やと一緒に観た夜景。

 

ずっと忘れない。

 

ありがとう、爺や。