今日染々と思ったことが一つある

「見えなくなった、感じなくなった」ことである

なにが?

それは、幼き頃に"感じていた"或いは見えていた"モノ"が今では……(_´Д`)
例えば、雨上がりの時ってよくカタツムリとか発見したのに今ではサッパリだったり

例えば、好きな子と目が合うだけでドキドキしていたのに今ではサッパリだったり

例えば、亡くなったおばあちゃんが見えていたのに今ではサッパリだったり……あ…今のは嘘だった(´∀`)

なんでだろうなぁ~?
なんでだろう?
なんなのだろう?

別にそれが嫌だ!ってわけでもないのだけれども……あひらめき電球でも好きな子と目が合ってドキドキしないのは嫌だ(笑)


老いたのかなぁ~?
参ったね(´∀`)

童心は忘れてないつもりなんだけどなぁ(゚_゚)(。_。)

むしろ童心そのものなのに( ̄□ ̄)!!

いやぁ~参ったね(´∀`)
人にとっての勝ち負けとは?

試合に勝ったら勝ち?
試合に敗けたら敗け?
それとも……
試合に敗けたが勝ち?
試合に勝ったが敗け?

普通に考えれば前者の考えを思い描く。


ならこれならどおだろう?
成功したから成功
失敗したから失敗
成功したが失敗
失敗したが成功

後者の言葉に殆どの人が矛盾を感じるだろう。


だか時として後者を勝ち或いは成功っとする者もいる。

このように世の中には矛盾しているようで矛盾してないことが多々ある。

これらはその人物にとっての在り方とも言える。

果たしてどちらが正しいのか?

答えは十人十色であろう。

過去、現在、未来、どれを重要視するかによって大きく別れると私は思う。

在り方とはそうゆうもの?

「未来の僕は僕ですか?言葉を紡ぐことが出来ないから一言だけ送るよ。僕らは幸せにてなってますか?」

そうして僕から手紙が届きました

あの日今日は、僕にとっての夢であり夢でなかった日
そこには君がいて僕がいた
繋いだ手 離さずいつまでも肩寄せ合ってたね
照れた顔が可愛いくて僕も一緒に照れるよ
こんな時がずっと続くと想っていた


「過去の僕は僕だった。言葉を紡ぐことが出来ないから一片だけ送るよ。純白のスーターチスを」
そうしては僕はあの頃に送ったのさ

今 僕の隣には君がいるよ
瞳を閉じてる君はあの頃と何も変わらない
君は今なにを想っている?君の子どもみたいな無邪気な声聴かせておくれ
声を震わせながら僕は呟いた
どうして?

「未来の僕は僕ですか?言葉を紡ぐことが出来ないから一言だけ送るよ。"僕ら"はいつでも一緒(そば)にいるよ "僕ら"一人じゃない」
そうしては僕は空に手をかざして未来に送ったのさ