スピリチュアル・カウンセリング 苦しみの意味 | 連載性春小説  碧いラフレシアの花

連載性春小説  碧いラフレシアの花

好きじゃない人と天国へ行くよりは


好きな人と地獄に行きたい


ある女の子の80年代

私はあんまり普通のカウンセリングには興味がない。


本当にひどく精神的に参っているときには必要なのかもしれない。



でもたとえばある関係性が不合理であっても


スピリチュアル的には


次の場所に行くきっかけとか


カルマ的な清算作業とかそういうことはないか・・・。



そういうのは方便か・・?




そのスピリチュアル的って何よーっていうのが常識人間のリアクションなんだけど


やっぱ運命とかある母集団が前世で何かのカルマがあってグループ転生してるとか、そういうのあるかもしれない・・って思う。


なんか友人同士を別々に前世療法で催眠術にかけたら、別々なのに同じキリスト教異端派のカタリ派に属していた前世を思い出したそうだよ。



確かにある人物に特殊な憎しみや愛着を感じたりするよね。自分の子供でも殺しちゃう人って人間性だけの問題じゃなくてその親子間に何か業があるのかとか思うよ。


でもそういう意見って不謹慎だからあんまり言えないけどね。やっぱこれは私も口にはしないねぇ。



もちろん、どんなに悪いことしても長生きで安泰という人はいっぱいいるんだけど、チベットのラマによると、人間の一回の一生自体が短いものだから、それだけでどうこうとも言えないんだそうだ。



じゃあ、悪いことは悪いことをしたから起こるの?っていうのはそうらしいんだけど、安泰な生活をしてる人ってのは良いカルマを使い果たして次に苦しくなっちゃったりするから、それに関しても何とも言えないらしい。悪いことってのはカルマをほうきで履くような浄化作用でもあるから、それがスピリチュアル的には「悪い」というのとも違うらしい。(つらいことではあるが。)



あと、インドのクリシュナ派のグルが「人を殺した人は死刑にしたほうがいいんだよ。来世殺されるよりも今らくに殺してあげたほうが優しさなんだ・・。」みたいなことを言っていた。人権派が怒りそうだし、3人殺さないと死刑は執行しないとかいう常識派からみたらアレだが・・


スピリチュアルだと正しいのかもなぁー。いや、悪いことは早く起こったほうが先に延ばすよりもカルマ論理から見ると軽くてラクだとか、チベットのラマが言ってた。確かに先進国の死刑ってラクに死ねそうだよね・・って、不謹慎か・・・。



あとキリスト教的でもあるけど何かの身代わり、家族とかある集団の代わりに苦難を引き受けているという考えもあるらしい。この場合は苦しみによって死が来ても本人にとっては魂の進化なのでいいことになるらしい。