橘君が家に帰る時、橘君が自分の電話番号を書いた紙を真帆に渡した。
真帆がハイハイという感じで受け取った。
橘君は全く脈がないことを瞬間に悟った。
「自宅に僕からお電話したら駄目ですか?」
橘君がおそるおそる聞いた。
「同居人がいるんだけど。」
「同居人はいつツアーから帰ってくるんですか?」
「私、仕事で忙しいんだけど。」
橘君はもう真帆に会えないと悟った。
もうさせてくれる事は一生ないんだ・・・。
「婚約してるんだよ。」
真帆がうっとおしそうに言った。
電話が鳴って真帆が電話を取った。
真帆が嬉しそうに「ああ、TAKA!いいのよ。いいのよ。全然怒ってないから早くツアーから帰って来てね・・。」と電話の相手に言った。
同居人だ!
橘君にはすぐ分かった。
真帆がふかふかの白いカーペットの上にぺたんと座って、指で電話のコードをいじりながら嬉しそうに話していた。
赤いすけすけのネグリジェの上に白いもこもこのバスローブを着ていて、なんかまりあ先生は人形みたいに可愛いな・・・・と橘君は真帆を見て思った。
「怒ってないからね。怒ってないからね。そんなに謝らなくていいのよ・・・。」
怒っていたくせによ・・・・・と橘君はむっとした。
「お土産なんていいのよ。ただここに居てくれたらいいの。お誕生日もうすぐだね・・・。ポルシェ買ってあげるよ。」
げげえ・・と橘君は思った。
橘君は自転車以外は乗りこなせなかった。
「遠慮しないでよ。もう30でしょ。ポルシェくらい乗ったら?どうせ結婚するんだから・・・。いいのよ。私を乗せてよ~。」
同居人の楽しそうな声が電話の向こうから聞こえてきた。
橘君が急に悲しくなった。
真帆がにっこり笑って
受話器を握りながら
バイバイのアクションを
橘君のほうにした。
それから唇に指を一本立てて当てて
しっ~のアクションをした。
橘君が物音を立てないように真帆に気を遣いながら出て行った。
次に床屋さんに行った時
橘君は早坂まりあ先生に言われたように前髪をつけてみた。
それでもまりあ先生からは電話は全くなく
担当の高橋さんが職場復帰したので
橘君はまた倉庫番に格下げになった。
2人は一生会う事はなかった。
その後橘君は弱小の学習ドリルの出版社に転職した。
橘君は小説家にはなれなかった。
彼女も出来なかったので
30過ぎてから実家の田舎でお見合いして結婚した。
真帆が死んだとき
橘くんはワイドショーの報道を見ながらおいおい泣いた。
遠い昔化粧の厚いベース弾きからこっそり拝借した
可愛い早坂まりあ先生が
ずっとずっと好きだった。
こんなに涙が出るんだと思うくらいに
橘君の目から涙がこぼれた。