旧・米国PRIDE幹部の最新独占インタビュー(CBSSports.com) | ヒロシです(涙)。

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2004年9月から2010年8月まで更新していたgoo blogから引っ越してきました。今後の更新予定は未定です(苦笑)。

先週予告があったサム・カプラン氏による旧PRIDE幹部へのインタビュー(CBSSports.com)がアップされました。正直、自信がないところは訳さず飛ばしました(汗)。間違いの指摘、大歓迎です。

以下、序文によると・・・
インタビューを受けたのはLAにあったPRIDE USAオフィスで、プロダクション&マーケティングのヴァイス・プレジデントだったトゥリ・アルタヴィラ氏です。現在はEliteXCのヴァイス・プレジデントです。アルタヴィラ氏は一般のMMAファンにはそれほど名前は知られていませんが、業界内では知る人ぞ知る存在とのこと。
アルタヴィラ氏はPRIDEで、米国におけるPRIDEのDVD制作と流通を担当し、PPV事業者との関係を構築・維持し、米国の選手をスカウトし、そしてPRIDE(日本)のマッチメイカー加藤浩之(専務)と共同作業し、いくつかのビッグカードを実現させました。

「旧PRIDE幹部がその崩壊について激白」

Q:あなたは最近キング・オブ・ケイジでマッチメイカーとして初仕事をされましたが、それより以前にも単発ではマッチメイクに関わったことがありましたね。実際、あなたは2月のPRIDEでニック・ディアズと五味隆典のマッチメイクに関わっていませんでした?
■トゥリ・アルタヴィラ(TA):はい、その通りです。あの試合は私のマッチメイクでしたが、クレジットは私とジェリー・ミレンの2人になっていました。我々は五味の対戦相手を探していました。特に米国人ファイターと組ませたいと思っていました。私は元々、ドゥエイン・ラドウィッグにアプローチしていました。ラドウィッグと五味なら本当に面白い試合になると思いました。なぜなら両者はスタンドでの戦いを好むからです。しかしラドウィッグは既に(別で)試合が決まっていました。彼はその試合を蹴ることができたかもしれませんが、しかし彼のその試合は、コロラドで開催される彼自身が主催の興行のメインカードだったのです。それでラドウィッグは決まっていた試合をキャンセルすることはできませんでした。
そして、確かそれから2日以内だったと思いますが、ニック・ディアズのフロリダでの試合が興行ごとキャンセルになったのです。そこで閃きました「おぅ!(ディアズ対五味だったら)何と素晴らしいマッチメイクになるだろう!」私はこのマッチメイクが実際にどれだけ素晴らしいものになるのか解らなかったけど、良い試合になるであろうことは解っていました。

Q:EliteXCで、ディアズvs五味の再戦が実現すると思いますか?
■TA:うん、私はどんなことでも可能性はあると思うよ、確かに。我々はEliteXCとしてそれについて話をしたことがあります。この再戦は、五味は望むでしょう。私は、五味がディアズへのリベンジの機会を与えられないまま現役を続行したいとは思わないだろう、と感じています。我々EliteXCはこの再戦に関してはとてもオープンで、可能性を残しておくべきだと思っています。

Q:キンボ・スライスが最近EliteXCでデビューしました。彼は日本でも大スターになり得たような気がします。PRIDEは彼に興味を持っていたのでしょうか?
■TA:はい。数年前に私はキンボのマネージャー、Icey Mikeと話をし、私も同じように彼が本当に日本でスターになれると思いました。それはYou Tube動画で彼のファイトを見ればわかるでしょう。それは、彼のファイト能力だけでなく、彼のルックス、カリスマ性、すべてから言えることです。
PRIDEにおいて、(個別の部分、部分ではなく)トータル・パッケージが非常に強調されていました。選手は素晴らしいファイターである必要があるだけでなく、マーケット向きである必要もあったのです。キンボ・スライスはまさにそれにあてはまっていました。
しかし不運なことに、当時私が榊原社長へアクセスする場合は直接のコンタクトではなく、選手を送り込むためにはいくつかのルートを経る必要がありました。LAの米国DSEオフィスにいた2人のスタッフは、キンボ・スライスが本物の器だとは思わなかったのです。(キンボ・スライスがブレイクした今となって)彼等が間違っていたことが証明されました。

Q:キンボがボー・カントレールに勝った後、多くの論争がありました。評論家の中にはカントレールが反則したふりをしたとか、または八百長試合ではないか、と感じた人もいました。あなたはこれらの批評にどう応えますか?
■TA:あの試合が我々が望んだような内容のものだったか?いいえ違います。我々はボー・カントレールが戦闘能力がある選手だからこと獲得したのであり、キンボは10勝10敗の選手とデビュー戦を行ったのです。
カントレールは簡単に負けるような弱い選手ではありません。彼はこれまでに何人かの強い選手と試合をしてきてKO勝ちもあります。我々はキンボの能力を見るうえで2人の対戦が良い試合になると思っていました。もっと試合時間が長くなると予想していました。
ところが真実を述べますと、カントレールは試合の直前に食中毒にかかっていました。それが彼の戦いに強く影響したのです。

Q:キンボは数週間前にファイト・ネットワーク・ラジオで、次の試合は多分2月だろうと述べました。EliteXCは彼の対戦相手について話を始めていますか?
■TA:もちろんです。我々のマッチメイクのチームは動いています。彼を2月に登場させる予定です。EliteXC内部では対戦相手についてディスカッションを続けています。現時点で誰になるかははっきりしていませんが、現在も作業中です。

Q:私はあなたにPRIDEについていくつか質問したいと思っていました。というのも、あなたはPRIDEを内部から見ていたわけで。
PRIDEはなぜ繁栄から没落してしまったのか、その最大の理由をずばり教えていただけますか?
■TA:1つの理由だけで語れないと思います。しかし私の見解を語ることはできます。米国において私は異なる見解で物事を見ていました。日本において起こったことは繰り返し繰り返し語られてきましたからね。私の見解では、”日本”がPRIDEという”飛行機”のメイン・エンジンだったと思います。メイン・エンジンがダメになった時、我々は補助エンジンの準備をするべきでした。この補助エンジンは、米国であるべきでした。
何年もの間、私はジェリー・ミレンと共にがんばってきました。我々がやりたいと思っていながら、優先されない、とか我々が必要となるレスポンスを得られないであろうという理由で実現できなかったことが山ほどありました。私は、PRIDEが抱えていたグループがPRIDE USAオフィスを運営していたと思っていません。LAのオフィスを運営していたのは2人の日本人スタッフでした。私はこの2人の日本人スタッフが正しい人間だったとは思いません。私は、我々がなすべきだった方法でPRIDEを米国で発展させ浸透させることは出来なかったと思います。
米国でのPRIDE興行を準備するためになすべきことはたくさんありました。米国という市場にあわせるためのマーケティング、米国のオーディエンスのために何かをすること、いつも日本のオーディエンス向けにではなく、、、。 私は彼等2人に対し、我々が不安に思っていて、そして米国でのイベントは長期的な戦略に基づいてプランしていることを知ってもらうために、気を遣いました。私が特に感じたのは、我々PRIDEが米国にやってきたのは、既に日本でトラブルに巻き込まれた後であり、米国進出は一種のギャンブルだった、ということでした。

2回のPRIDE米国興行は素晴らしい出来だったと思います。両興行ともファンタスティックなイベントで、日本へ行ってPRIDEを見る機会がない人たちが、PRIDEとは実際どんなものなのかを見ることができたと思います。しかし、これは単なるイベント以上の出来事でした。最適なテレビ放映獲得とマーケティングのためにフロント陣が多くの努力をしました。私が特に感じたのは、我々はアグレッシブではなかった、そして常にUFCの残りカスをつかまされていた、ということです。私はそれが本当に嫌で嫌で仕方がなかったのです。ジェリー・ミレンと私はアグレッシブになることを望んでいました。そして外へ出ていって取引をしたかったのです。なぜならPRIDEは良いビジネスだったからで、UFCがいくらか市場に余地を残していたから、とかスロットが開いていたからなどではありません。
私にとって、PRIDEが失敗したのは我々が、なすべき方法で米国のマーケットを育て、発展させなかったことが理由だと思います。

Q:(SPIKE)TVのリアリティショーはUFCの試合を本当に変えました。PRIDEはテレビでリアリティショーをやろうという強い動きを見せたことはありましたか?
■TA:スパイクTVと会話をもったことはありました、私は関与していませんが。シーズン1の後、PRIDEとスパイクTVの間でミーティングが行われました。残念なことに両者の対話には、テレビ放映、マーケティング、そしてMMAという背景すらありませんでした。両者はミーティングをしましたが、明らかに何も起こりませんでした。
このミーティングは実際に行われました。もし違ったようにことが進んだなら、こういったポイントとなるミーティングには、最適な人物を送り出す必要があったでしょう。そしてこういう類のことは、思い返してみれば、両者にとって起こった全てのこと、そしてこのスポーツ全体の歴史が変わった可能性があります。

Q:PRIDE USAで一緒に働いていたからジェリー・ミレンのことはよく知っていますよね。彼は熱心なMMAファンからインターネットでバカにされてきた男です。みんながPRIDE崩壊の原因がジェリー・ミレンにあると言う場合、あなたはどう回答しますか?
■TA:それは非常におかしい話だと思います。私はジェリーと5年間一緒に仕事をしてきました。彼ほどPRIDEの成功のために熱心だった人はいないと思います。ジェリーと私は米国市場に焦点を当てて、常にがんばってきました。一部の人が、ジェリーがPRIDEを失敗に導いたと考えるのは非常におかしいことです。彼はそんなことはしていません。私とジェリーのいずれも、PRIDEを失敗に導いていません。
ジェリーは、PRIDE崩壊に関わっていません。もし何かあったとすれば、彼は常に、テレビ放映の取引とPPVビジネスの関係を育てることでPRIDEのプロモートをしようとしていました。私が思うに、PPVビジネスがいかに競争熾烈であるかということと、PPV運営会社へ提出物などに関する困難、規格について、あまりに多くの人が知らなさ過ぎると思います。
正直言って、もしジェリーと私がいなかったら、PRIDEはとうの昔に(米国で?)PPVができなくなっていたでしょう。当時のPPV数は、PPV会社がPRIDEと取引する際に経験しなければならなかったたくさんのくだらないことを我慢するくらいに印象的ではありませんでした。しかしこれも改善したのです。それはジェリーと私がPPV会社との関係を発展させたからです。

Q:ジェリー・ミレンはPRIDE身売りまでの何ヶ月もの間、確かにひどく中傷されていました。あなたがこのインタビューでも何となく触れていましたが、当時批判を受けていた他の2人の名前は、山本秀樹氏、神田由紀乃氏です。彼等2人に対してなされた批判は公正なものだと思いますか?
■TA:んー、、、(ためらいながら)うん、いろんな意味でそう思います。個人的な事柄ではなくて。私は彼等に対して個人的には何も思うところはないですよ。何年か一緒に働きました。しかし、正直に言うと、私はなぜ彼等がMMA業界にいたのかがまったくもって理解できなかったのです。私は一度たりとも理解ができませんでした。彼等はMMAに対して情熱がまったくありませんでした。多くの人はMMAに情熱を持っているからこの業界に入ってきて、そしてそれがビジネスの原動力になります。私はMMAに心血注いでいます。成功しているMMAプロモーターもそうです。テリー・トレビlコック、スコット・コーカー、T.J.トンプソン、そしてダナ・ホワイトでさえ。我々はみなMMAを愛しているからです。

Q:昨年のこの時期、PRIDEの将来についてたくさんの噂がありました。そしてその噂は今年3月27日の声明まで続きました。PRIDEの経営陣は、そのPRIDE終焉に関する噂が広まっている間、従業員に対しどんな説明をしていたのですか?
■TA:内部では、我々は心配することはない、そしてMMAの最高峰のブランドと我々が信じるところのPRIDEの存続が保証される決定がなされるだろう、と言われていました。そして私はPRIDEが存続している間、本当にPRIDEが世界最高峰のブランドだと信じていました。しかしコトは誰もがそうあって欲しいと望む方向にはいきませんでした。我々はこう説明を受けていました・・・「君たちはUFCに対して心配する必要はないよ。UFCはPRIDEを買収したりしないから」

しかし結局起こったことといえば、フェティータ兄弟によるがPRIDE買収でした。本来のプランでは、フェティータ兄弟がPRIDEのオーナーになり、(UFCと)別組織として運営され、我々旧PRIDEスタッフは失職の心配をする必要がない、というものでした。我々スタッフは、繰り返し繰り返し、心配は無用だと説明を受けていました。しかし私はまだ心配でした。そして、恐らく元々の狙いがそうだったと思うのですが、フェティータ兄弟側でさえ(心配だったことを?)確信しています。私はロレンゾがPRIDEの大ファンであることを知っていました。彼は明らかにPRIDEファンです。私は元々の目的がPRIDEを完全な形で維持することだった、ということに疑いは持たなかったでしょう。しかしそれは明らかに実際に起こったことと異なりました。

我々は絶えず、繰り返しこういわれていました「ちょっと待ってください。あなたは待つ必要があるのです」と。私は待てといわれて待つような人間ではありません。なぜなら私はどんな状況でも最悪の事態を予測する必要があるからで、私は実際、最悪の事態が起こったと思います。