がーーーん、な告知から1年がたちました。
手術後、なかなか体力回復せず、放射性ヨード治療にむけての食事制限も大変でした。
ヨード治療は都内では3箇所しかやってもらえる病院がありません。
病室も隔離病棟です。
吐き気との戦い・・・放射能の濃度が下がるまで看護婦さんも近くに寄れません。
お世話になった都内の病院ではそれは親切にしていただきました。
優しい笑顔と言葉に励まされました。
仕事にもなんとか復帰できました。
説明が主の仕事なので、声がほとんどでないのは正直キツイです。
マイクを使って、同僚や上司にあれこれ迷惑をかけながらやっています。
でも、歌は歌えません。ドからファまでしか音域がないから。
カラオケにももちろんいかなくなりました。
声のことで傷つくこともありますが、
嘆いていてももとにはもどりません。
しかたがないと割り切ることが大事です。
歌えなくても音楽は楽しめます。
口笛だとちゃんといろんな音がだせるんです!!
耳、首筋、肩、上腕に感覚がない部分があります。
リンパ節をとったので、こんな後遺症になるらしいです。
正直慣れるまでものすごくいやでした・・。
肩こりもすごいです。
汗をめちゃめちゃかきます。
だらーーーと滝のように。
薬も欠かさずのみ続けなければ・・
もう甲状腺でつくるホルモンを自分でつくれないのですから
薬で補うしかないわけです。
クビにL字型の傷が残りました。
とくに深く切ったよこの傷跡がケロイド状になってしまって
赤くもりあがってしまいました。
たてのきずはありますが、赤みもないので目立ちません。
ドレーンを入れていた胸の傷も盛り上がってぽっちり
水泡があるようにみえます。
今年の夏は球状のネックレスが流行ったので助かりました。
傷あとにそう長さのものをさがしてつけ、
えりのつまったTシャツを着ました。
暑くなくなればスカーフをまくこともできます。
1年目のエコー検査がこんどあります。
サイロブログリンの値が10以下にはなっていないので
楽観はできません。
でも、あけてびっくり9時間に及ぶ大手術になってしまったことを
思えば、こうして1年を振り返ることができること自体が
ほんとにありがたいことです。
何よりも家族に支えられての1年でした。
ほんとうにありがとう・・・。