ピパオイ紀行(母校を訪ねて)
札幌から北へ50km。空知の中心部に豪雪地帯で有名な美唄 という街がある。そう、我々が学生時代の2年間を過ごしてきた街だ。
高校時代の成績は良く無かったし、私立大学の付属高校に在籍していたが推薦が取れなかった私は、漠然と高校を卒業したら働こうかと考えていた。そう、本当に漠然と・・・。恩師から「学び方を学んだり、考えるための時間として大学は有意義である」と教えられ、(アメリカのロスアンゼルスで農機具販売をする話もあったのだが)専修大学北海道短期大学 (本校への進学制度あり)に進学したのだった。
札幌から北へ50kmにある美唄市。生活に必要なものはすべて整っている街である。不自由では無いが豪華さはまったく無い。最低限整っているという表現が正しいだろう。よくある地方の街である。炭鉱が閉山(最近は露天掘りが復活しているとも聞く)した今では、米の大生産地であり豪雪地帯であるだけだ。夕方には商店のシャッターは閉まり、娯楽施設と言えばパチンコくらいだ。(当時、徒歩圏内では無いが車で数分走った場所にレンタルビデオ店や凸凹レーンのボーリング場、それにカラオケボックスはあった記憶がある。)
スキー部に所属して趣味でスノーボードもする私にとっては、自宅から10分ちょっと走ればスキー場があり、日本で唯一大学にゲレンデが設置されているという環境は天国のような場所であったが、ウインタースポーツに興味が無い人間にとっては陸の孤島である。
市街地より7-8km程離れた場所に学校があり、駅前から学校のロータリーまでバスが出ていた。学校近くにもJRの無人駅があるのだが、スーパーなどの施設は皆無だったので、ほとんどの学生は市街地で下宿やアパート暮らしをしていた。お金は無いが時間がある学生はいつも何処かの部屋に集まって酒盛りをしていた。2年間その毎日が合宿状態であるような暮らしだったのである。
いつも飲食を共にしていた(同じ釜の飯を喰った)友人達はどちらかと言うと兄弟分という表現が正しい。そこには本質の付き合いしか無く、上辺だけでは付き合いきれない。
昨年末、そんな仲間達数人と忘年宴会をしていたら、「閉校するんだから、美唄へ行こうぜ!」という提案があった。酒の席での約束など適当な場合が多いのだが、今回はその場でスケジュール調整したのが良かった。すぐに格安の航空チケット(往復25,000円)をGetして本当に旅立つことにした。
羽田空港の夕焼け。富士山のシルエットが素敵だった。(人相とは関係ないのだろうが)手荷物チェックは何度も引っ掛かり、帽子も靴もベルトも取るハメになり危うく裸にされそうだったよ。シートベルトをして90分待つと銀世界の千歳空港。13年振りに北の大地に上陸だ。
千歳空港から汽車に乗って札幌駅に降り立った時はその変化に驚いた。駅前がとても開発されていたのである。私が学生の頃は札幌駅前は役人とか銀行や大手企業だけしか無いというイメージだったが大違いであった。タクシーでホテルに移動してチェックインをしたら出掛けることにする。
スパイダーマン販売中(まあ、ヘンテコなディスプレイだが何の商売をしているのだろうか?)。
そして、油そばで有名な「米風亭 」に立寄り、ここでゲストも参加する。札幌ではよくカップルのデートで使われるお店で色々な種類のビールが置いてある。最近、ビールにハマった私は東京で世界中のビールを置いてあるお店にも行くので少し物足りない感じもしたが、味はナカナカである。(学生時代になけなしのお金でデートした時代からすると有難みは半分以下であるけどね)
翌日は朝からレンタカーを借りる。レガシーのAWD、これがまた乗り易くて良い車だったよ。
定番の札幌時計台。行ったことある人は知っているけど、大した建物じゃないんだ。
高速がドカ雪で通行止めだったので、国道12号線を北上する。
目印のコンビニを右折すれば・・・
母校がある。
もう2年生しか居ないし、どうやらテスト期間中であったのでとても静かだった。先生にガツガツと質問するほどは熱心では無かったので先生に顔を(良い意味では)覚えられていないので、スキー部顧問の先生のところに顔を出してしばし近況報告会を楽しむ。先生は閉校後は岐阜の学校に行かれるのだそうだ。寂しい限りである。
日本一長い直線道路(国道12号 美唄エリア)を市外へ向けて走って、喫茶「並樹 」へ立寄る。この喫茶店、夜は定食を求めた学生で賑わっていた懐かしの場所なのだ。地元のゲストも交えて会食。カラアゲが定番なのだが胸やけしそうなので生姜焼きに逃げる。他の3人はカラアゲを食べていたよ。
懐かしの場所で、懐かしい話で大笑い。大変楽しいランチだった。
私が暮らしていたアパートも健在だった。でも、空室ばかりのようだった。
自室の110号室。冗談で目印に貼ってあった「熊出没注意」のステッカーは剥がされずにそのままになっていた。よく仲間とこの手すりにバイスを付けてスキーのチューンナップをやったもんだ。
美唄から小樽に立寄りしばしお買い物。そして、札幌を抜けて定山渓へ。
温泉に浸かってから、晩酌開始。
たまには、こういう温泉宿でゆっくりするのも良い。
翌朝は、札幌場外市場に立寄ってから・・・
「雪まつり」の準備中の会場に立寄り雰囲気だけ楽しむ。
そして、千歳空港へ。
ビールを飲みながら北海道との別れを惜しむ。
帰りも90分、あっという間に東京だ。
日常があるからこそ、非日常が楽しいというもの。
人生そのものが旅だけど、たまには仲間との旅行も楽しい。
人類皆兄弟
生物学的な話をすると・・・
まあ、そんな堅苦しいこと言う必要は無いですが、
私には、父親♂と母親♀が居る訳です。
私に限らず、どんな人間もそうだと思います。
いくら単細胞なひとでも、そうだと思います。
人間が細胞分裂するところなど見たくはありません。
そして、
私の父親にも母親にも、
同じようにその父親♂と母親♀が居る訳です。
つまり、
数学的な話をすると・・・
人間 × 2 = 両親の数
となる訳です。
1×2×2=4(祖父母世代の数)
1×2×2×2=8(曾祖父母世代の数)
男性♂と女性♀が出逢って、次の世代を誕生させるのに・・・
平均的には何年掛かるのでしょうか?
出産年齢の平均は、
1950年頃は24.4歳で、2008年には29.8歳になっています。
もっと前の時代は、より若い年齢で出産していたことは想像できます。
まあ、長男長女ばかりじゃないので、ここでは一世代が子孫を残す平均を30歳としましょう。
そして、キリも良いので、2010年に誕生した赤ちゃんを例にしましょう。
2010年 2(先祖の数、つまりここでは両親)
1980年 4(祖父母の数)
1950年 8(曾祖父母の数)
ここまでは想像できますよね。
太平洋戦争は1941年~1945年ですので、
既に戦争の時代です。
さらに続けます。
1920年 16(1904年~1905年 日露戦争、1910年 日韓併合)
1890年 32(1894年~1895年 日清戦争)
1860年 64(1868年 明治維新)
1830年 128
1800年 256
1770年 512
1740年 1,024
ほらほら、千人を越えてしまいましたよ。
従姉妹の・・・鳩子の・・・ピーヨコちゃん以上です。
ちょっと、自分の先祖に千人居るとしても顔とか人物像とか想像できませんよね。
さらに続けます。
1710年 2,048
1680年 4,096
1650年 8,192
1620年 16,384
1590年 32,768(1603年 江戸幕府開府)
1560年 65,536
1530年 131,072
1500年 262,144
1470年 524,288(1467年 応仁の乱 戦国時代始まる)
もうすぐ、鳥取県の人口(約60万人)を越えてしまいます。
もう、周りの人とはみんな遠い親戚だと考えるようになりますよね。
1440年 1,048,576
1410年 2,097,152
1380年 4,194,304
1350年 8,388,608(1338年 室町幕府開府)
1320年 16,777,216
ここで、東京都の人口(約1300万人)を越えてしまいます。
もう、この人数のカウントの中にダブリが沢山いるのは明白ですよね。
1290年 33,554,432(1274年・1281年 元寇)
1260年 67,108,864
1230年 134,217,728
ここで、日本の人口(約1億3000万人)を越えてしまいます。
1200年 268,435,456
1170年 536,870,912(1185年 平家滅亡)
1140年 1,073,741,824
1110年 2,147,483,648
1080年 4,294,967,296
1050年 8,589,934,592
ここで、世界の人口(約70億人)を越えてしまいます。
もう、人類皆兄弟ですよ。
細菌と一緒で倍々ゲームなのですが、まだ続けてみます。
1020年 17,179,869,184
990年 34,359,738,368
960年 68,719,476,736
930年 137,438,953,472
900年 274,877,906,944(ここで私の12桁の電卓は計算不能となる)
870年 549,755,813,888
840年 1,099,511,627,776
810年 2,199,023,255,552(794年 平安京遷都)
780年 4,398,046,511,104
750年 8,796,093,022,208
720年 17,592,186,044,416(710年 平城京遷都)
690年 35,184,372,088,832
660年 70,368,744,177,664
630年 140,737,488,355,328
600年 281,474,976,710,656
570年 562,949,953,421,312
540年 1,125,899,906,842,620
510年 2,251,799,813,685,250(501年 仏教伝来)
480年 4,503,599,627,370,500
450年 9,007,199,254,740,990
420年 18,014,398,509,482,000
390年 36,028,797,018,964,000
360年 72,057,594,037,927,900
330年 144,115,188,075,856,000
300年 288,230,376,151,712,000(大和政権統一の時代)
270年 576,460,752,303,423,000
240年 1,152,921,504,606,850,000
210年 2,305,843,009,213,690,000(卑弥呼の時代)
180年 4,611,686,018,427,390,000
150年 9,223,372,036,854,780,000
120年 18,466,744,073,709,600,000
90年 36,893,488,147,419,100,000
60年 73,786,976,294,838,200,000
30年 147,573,952,589,676,000,000
紀元0年 295,147,905,179,353,000,000
もう、桁数とは意味不明です。
先祖代々その地で暮らしてきた方は、周囲の住民は皆さんたぶん親戚ですよ。
小学校の初恋の相手だって、たぶん遠い親戚なんですよ。
もっと、祖先になれば、同じ県民だって、遠い親戚ですよ。
むしろ、日本人は皆さん遠い親戚なんですよ、きっと。
いやいや、人類皆兄弟って、そういう訳ですよ。
ちなみに、日本人のDNA的なルーツについてこんなページを見つけました。
大変興味深いですね。
http://www.asahi-net.or.jp/~uv6y-ysd/sex1_1_15jp.htm
まあ、大変くだらない話ですが、
呑み屋での話題にでも使って下さい。
でも、このブログ読まれている方も、
おそらく、私の親戚なのでしょうね。
それでは。




