今一緒にいる家族には
自分の気持ちをけっこう言える

以前は隠していた
   めんどくさい
   今やりたくない
といったことも言う

なけなしのガマンをしたって
めぐりめぐって必ず
ブーメランのように
家族に当たるに決まっているから
初めから直球の方かいいのだ

そういうことが
身についてきたつもりだったんだけど
母にはまだそれが難しいな 

母は特別

母に
「マリからもお礼しといて」
って言われたら
すぐやる私だ

子どものころ
母に怒られるのは
こわかったから
しかたないね

名残だ
尾てい骨みたいな
盲腸みたいなもんだね

役に立たないし
時には邪魔なのに
まだある

母だけ特別、なのは
母が大好きだから
にちがいないのだろうけど
ピンと来ない

お母さん、大好き
って言ってみた

言える

母のこと好きだし
抵抗はない
でもピンと来ない

私が泣いた魔法の言葉は
「気づかなくてごめんね」
だった

なんで泣けたんだろう?

そのあたりのことを 
探ってみよう



夏休み中に長女の担任の先生から
残暑見舞いが来た

「ハガキ買って返事書いたら」
と言ったら
「ハガキはもうある」と長女

先生がクラス全員分
予め渡してくれたようだ

先生からのハガキには
長女に合わせた文面が手書きされていた

ぜひとも返事を書くべきじゃないか?
と思ったけど言わなかった

夏休み中の生活態度について
すでに小言は毎日言ってたので
ノータッチにした

そうしたら長女
ハガキは出さなかったみたいだ

気づいた時に少しザワザワした
幸いその時は長女はいなかったから
何も言わずにすんだ

先生は
「ハガキは渡すけど
    返事は書かなくてもいい」
とお話ししていたそう

三者面談でお会いしたけれど
あの先生がそう言うなら
ほんとにそうだと思う

長女は「より確実に安心な方」じゃなくて
「自分がしたい方」を選べるんだ

先生のことも信じてるんだね
きっと


***


私はその点、まだできていない

「自分がしたい方」より
「より安心確実な方」を選ぶ

例えばこんなことがあった

長女だけで祖父母宅(私の実家)に行くと
そこで私の兄や叔母に
何かもらったりご馳走になったりする

すると母から必ず報告のラインが来る

これ、私からもお礼しろってことかな…
と何とも言えない気持ちになる
(母は“お礼”に関してうるさいからそう感じる)

お礼の気持ちはもちろんあるけど
次会った時とか数日後にでも
心からお礼したい時にしたい

兄も叔母も親しい間柄で
別に私からの水くさいお礼メールを
ほしがってないであろうことはわかるのに
母のためみたいでなんか変

まあ母も報告してくれただけかも、
と放置していたら
「一応マリからもお礼のメールしておいて」
と具体的なラインが来た

なんかすごく嫌だったなぁ

私はお礼をすぐさまきっちりと
義務のようにメールすることを
ちょっとやめてみたかった

相手の好意をそのまま
図々しく受け取りっぱなしにすることを
やってみたかった

結局、母には負けた
(母も知らないところで勝手に負けた)

兄にも叔母にも
すぐにお礼のメールした

自分のタイミングで
翌日とか数日後にでも
心からお礼したい時に
したかったんだけど…

これは何だろう?
「まだ母の言いなり」という
1人コント??

母がどう言おうがかまわずに
自分のタイミングで進めれば
よかったのにね

でも「お礼」はした方が気持ちいいのも
わかった!!

何とも言えない気持ちになったのは
母が私のことをいまだに
思い通りにしようとしてきた点かな?


……


いや!!
そうじゃなくて
「母の言いなりになることを許している」
自分への苛立ちだ!!

母に「自分で決めてやるからそこまで言わなくていいよ」と言えない自分が嫌なんだ!!

お礼はすぐ言うのが絶対正解と
信じている母に悪気はない

モヤモヤしても
伝えるのが面倒になって
従ってしまう

つきつめると
相手(今回は母)を
信じてないってことだ

そういうところ
一歩一歩変えていきたい




叶姉妹のブログ、
タイトルを見て
「ほっとく」ことかな?
と思ってから、
本文を拝読しました

「ほっとく」は
心屋の鉄則として
有名な言葉です(多分)


やっぱり、です
心屋流の考え方と似ています
少し前の記事も似ていました


奪われてはならない権利✨✨
/kanosisters/entry-12296951024.html


「失敗」は
人間の成長にとって
欠かせないもの。
失敗する経験は、
誰からも
奪われてはならない、
当然の「権利」でも
あるのです。
(引用ここまで)

わかってる人はわかってるんだ…
きっと昔からわかってる人はわかってる

私はもともと日本の常識が
染みこんでいたから
元・常識人の心屋仁之助さんのブログが
わかりやすかった

私にとって斬新なことだらけでした
   怒っていい
   人に迷惑かけていい
   ほっとけ
   知らんがな
   結婚は神の采配
   夫は神
       などなど

実践方法をまちがうことは度々あります
ただのんびりしている長女に
「怒っていい」を採用して
怒ってしまったり…

「夫は神」をはき違えて
怒っていいときに怒りそびれたり…

まちがえはするけど
かなり心が楽になってます

自分が楽になったものだから
もっと心屋が広まればいいな
という気持ちにもなりました

でもこのごろ
心屋でなくても
心屋と共通する考え方はもう
広まっているのを感じます

広まっただけでなく
もしかしたら
もともとずっとあったのかも

   がんばらなくていいよ
   たまにはズル休みすればいいのに
   できる人がやればいいよ
   来なくても大丈夫だよ
   無理しなくていいよ
   店屋物でいいじゃん
   親だからって面倒みなくていいよ

これらはみんな
過去に私が人から
実際にかけてもらった言葉です

だけどその時は
「そうはいってもやらなきゃ」と
思ってしまいました

受け取り拒否していたんです

でも
受け取り拒否の原因が
親のことが好きすぎて
一番はじめに教わった
親の教えを守りたかっただけ、
なのだとしたら
こんな私も
かわいい、のかもしれません

…何を書きたかったかというと

「この世は
   もうすでに
   心屋的なもので
   あふれている」

です!!

ずっと、心屋流の考え方を吸収して
実践するのに一生懸命でしたが
「すでにある心屋的なもの」を
見つけるのも
楽しそうです