こんにちは。
ノリでブログを初めてみました。もしかしたらこの記事が最初で最後になってしまうかもしれませんが、ゆるゆると続けていこうと思います。
アイドルと私
2012年、私が小学5年生の時にももいろクローバーZが紅白歌合戦に出場した。ももクロが結成して4年目のことである。
「悪夢ちゃん」というドラマがあった。北川景子主演。私はそのドラマは全く見ていなかったのだがその主題歌である「サラバ、愛しき悲しみ達よ」がヒットしたのだ。当時ももクロ旋風がお茶の間に巻き起こっていたのだと思う。テレビで見ない日は無かった。昨今の欅坂日向坂ブームに匹敵する流行り様であった。いやあそこまではないか。
2012年5月31日、VS嵐にももクロが出ていた。あーりんや夏菜子の自己紹介をしこたまイジられていたのを覚えている。櫻井翔くんの「翔ちゃんだよぉ♡」が可愛かった。夏菜子の「はちはちはちはちでこっぱち〜!」という自己紹介がゲストの芸人たちに「なんだそれ」と笑われていた。
私も思った。「なんだそれ」と。
それまで私はAKB48が大好きだった。ネ申テレビで彼女たちのドキュメンタリーを見まくり、TSUTAYAでライブ円盤を借りまくりずっと見ていた。推しは峯岸みなみ一択。とにかく顔が好きだった。クリアファイルを5枚持っていた。今でも推している。Instagramでファンのお悩み相談に答えてくれるカッコいい女性だ。絶対に幸せになって欲しい、お願いします。閑話休題。
とにかくAKBというアイドルから私のアイドル遍歴は始まったのだが、何しろニワカ在宅小学3年生。オタクとは言い難い。しかし私の中の現代のアイドル像はAKBによって作られてしまった。
「どんなにキツくても死ぬ気で頑張る女の子」というイメージ。ステージ裏の過呼吸、倒れてしまうメンバー、涙と怒号飛び交うレッスン。努力と汗と血と涙を流して流してそれを混ぜくってその上澄み、血清のようなものだけをオタクに届ける尊い存在。私の中でアイドルという存在の神格化が始まった。ギリギリの状態で作り上げるドームステージが飴細工のように思えた。ちょっとでも触れたら壊れてしまいそうな、だけど支えていなければ崩れてしまいそうな、そんな空間。
うふふと微笑みくるんとターンすればピンクのスカートがふわりと揺れて、だけどその裏では涙を流しながら必死で過呼吸に耐えているような、そんな存在。好きになるなという方が難しい。
ももいろクローバーZは、私のまるで童貞のようなアイドル像を完全にぶっ壊してくれた。
アイドルなのにコマネチをする。アイドルなのに顔を歪ませて叫ぶ。アイドルなのに馬鹿みたいなギャグを言う。アイドルなのに変顔をする。アイドルなのに、アイドルなのに……アイドルなのに、面白い。ていうか「はちはちはちはちでこっぱち」って何だよ。ピンクの子キャラ強すぎ。そんなことを思いつつ親子丼を食べながらVS嵐を見ていた。甘めの親子丼だった。飴色の柔らかい玉ねぎを今でも覚えている。
それから暫く経った2012年の大晦日、私は紅白歌合戦をおばあちゃん家の大きなテレビで見ていた。その時私はももクロのことや当時の衝撃なんてすっかり忘れていたのだ。おばあちゃんが作った年越しそばを食べているとももクロの五色がテレビに映った。「あ、あの人たちだ」なんてことをぼんやり思ったのを覚えている。そういや紅白出るとか言ってたな、なんてことを。そして初めて聴いた彼女たちの歌に私は脳天をブチ抜かれた。
「行くぜっ!怪盗少女」、私が今聞いたのは本当に曲なのだろうか?ひたすら意味が分からなかった。奇抜過ぎるダンス、「ももいろのハートを狙い撃ち☆」という歌詞、極めつけには海老反りジャンプにアクロバット。もう訳が分からない。しかし何と作曲はかの鬼才ヒャダインと言うではないか。京アニの「日常」にどハマりしていたので前山田健一の凄さは分かっていたので驚いた。
「やっぱりヤベェわももクロ」の一言に尽きた。私はそれからというもの、あんなに楽しみにしていた松田聖子や嵐のステージにさえ集中しきれず、「ももクロヤベェ」の興奮を抑えきれぬままその年を越した。
紅白の録画を何度も見た。YouTubeでMVを見まくった。実はついこの間まで6人だったことを知った。ブログを読みまくった。文字通り狂っていたのだと思う。正直何がそこまで当時の私のももクロに対する愛を育んだのか分からない。
そんな私の様子を見兼ねてか、父親がWOWOWで放送されていた'12クリコン(以外ももクリ12)の様子をDVDにダビングしてくれた。50回以上、正規に円盤購入した後のも含めればそれ以上見たのではないだろうか。セトリもほぼ覚えている。
ももクロのライブは凄かった。Overtureから別格だった。歌唱力、ダンスパフォーマンスどれを取ってもピカイチだった。ブラウン管の中ではただの色モノ扱いされていた少女たちがメタモルフォーゼした姿を見た。
148cmしかない推しが数倍大きく、カッコよく、可愛く、綺麗に、美しく見えた。全て生歌だということを知って更に驚いた。それで2時間半走り抜けるそのタフさ、アイドルとしての気概。冠番組の「ももクロchan」でももクリ舞台裏の様子が放送されていた。もちろんレッスン中は真剣そのもの、振り付けの先生に怒られる様子もあれど彼女たちはずっと笑顔だった。生歌で、あんなに激しいダンスやアクロバットをして、それなのに裏通路ではいつものようにじゃれあっている。過呼吸を起こすメンバーなどいなかった。それどころかケータリングに舌鼓を打っては美味い!と嬉しそうにしていた。そこにいたのはおよそ17歳の原寸大の少女たちであった。
比較するつもりは無いし、それぞれのグループのやり方や良さがあるのは百も承知で言うが48グループは基本口パクだ。勿論メンバー数がももクロのおよそ10倍近くだからマイクの調節が難しいというのが理由の一つだと言うのも知っている。しかし私は思ってしまったのだ。今までの普通だと思っていたアイドル像は一体なんだったのだろうか、と。
だってそうだろう。ももクロはライブ中に100メートル走をしたり側転や人間跳び箱が振り付けに組み込まれていたりする。もちろん全て生歌だ。ライブ時間も長い。ちなみに私は振り付け厨オタクなので振り付けの完コピをするのが趣味なのだが、ももクロのダンスはサビを踊るだけで息があがってしまう。あとめちゃめちゃ難しい。ダンスをしっかり習った人じゃないと出来ない。
それらを全て笑顔でこなしている。ダウンすることなんて滅多にない。泣きながら「もう無理です」なんて絶対に言わない。代わりに出てくるのは「よっしゃ行くぞ」なんていう言葉たちだ。言霊というものを感じた。
推さない以外の選択肢が無かった。その年の9月、ライブに行った。全身を緑で固めてサイリウムを二本持って別府のピーコンプラザに行った。物販に2時間並んだ。オタクが沢山いた。髪をピンクに染めてる関取みたいなオッサンや目の大きさが異常なコスプレイヤーとかが大勢いた。世界を知った。少しだけ。
「GOUNN」のツアーだった。コンセプトライブだったのでライブ序盤はノーMCでサイリウムは点灯NGだった。Overtureも無し。初めて見るももクロの姿は遠目からでも分かる神々しさで、その圧倒的なパフォーマンス力に終始圧倒されていた。コールは出来たので叫べるところは必死で叫んだ。サイリウムは振れないので手を必死に伸ばした。指の第一関節まで気を遣ってケチャをした。とにかく尊かった。仏教がテーマのシングル曲をツアー名に掲げてるだけあって神秘的なものを感じた。
そして暗転、Overtureのイントロが流れ出したときの感動は今でも覚えている。身体中に鳥肌が走った。ずっと憧れてきたあの音楽がクソでかいスピーカーから流れていて、唸る重低音に耳は壊れそうだし目をつんざくようなスポットライトやレーザーが眩しくて、オタクの叫び声と5色の光の中に佇む5人の影がかっこよくて美しくて、「あー!よっしゃ行くぞー!れに!かなこ!ももか!しおり!あーりん!行くぜももいろクローバー!!」と叫びながらワンワン泣いた。親に怪訝そうひ顔を覗き込まれた。だよなぁそうなるよな。
コールも振りも予習バッチリだったので踊りまくったし叫びまくった。普段なら絶対に出さないような大声を出し愛する推しの名を半狂乱で叫ぶとアドレナリンがドバドバと分泌されるようだった。推しの母に感謝した。この素敵な女の子を産んでくれてありがとうございます。たった2時間半の中で泣いたり叫んだり崇めたり感謝したり忙しい。あっという間に私の初参戦は終わった。
何しろアイドルのライブって凄いのだ。光るを振りまくって踊りまくって叫びまくって、別人格になれる。いつもなら絶対に出来ないような事が出来るようになる。違う自分になれる。それが手っ取り早く叶う場所なのだ。
しかしその「いつも出来ないことが出来るようになる」理論から私の身に大事件が起きたのだが、それはまた次回話すことにする。
私のアイドルに対するクソデカ感情が1ミリでも伝わってくれることを願っている。別に伝わらんでもいいけど。
アイドルについてはももクロだけじゃなく今の推しグルのことも話したいので暫く続きます。つまらん話かもしれませんが何卒。