「シスター、
私は写真のフラッシュがひとつたかれるたびに、
死にゆく魂が神様のみもとに
安らかに召されるように
神様と約束をしてあるのです」
生きている間、いいことがちっともなくて、
神や人、世間を呪っていた人たちの魂が
「サンキュー」
と言って穏やかに、この世と和解して死んでいくために、
煩わしいけれど、疲れているけれど、笑顔をするんです、と。
日常の中には、マザーにとってのフラッシュのような
「煩わしいもの」や「イライラするもの」
「面倒くさいもの」が、必ず存在します。
そういうときにグッと我慢をして、
「これを我慢しますから、
どうかあの人の病気が治りますように」
と他人を思いやったり、「仕方がないよね」と許す
「ゆとり」を自分の中につくる。
キレそうになる自分を抑えるための、
自分との小さな闘いが必要なのです。
逆に失敗したときは自己嫌悪に陥るのではなくて、
「今度はもうちょっと我慢しようね」と自分と話してみる。
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「自分の心との葛藤」と
「自分と対話するゆとり」
なるほどね
なるほどね、とは言っても
わたしはマザーとは違う
マザーにはなれない
だけど
マザーに近づく事は出来るかも
マザーの真似は出来るかも
わたし
真似っこは得意
(似てないのも含めて