わたしは、祖母が譲ってくれた
何個かの物件の家賃収入と
そのマンションのひと部屋で
イラストを描いてネットで売ったり
頼まれて、
バーとかレストランに飾る絵を描いたりして
生計をたてている。

わたしの家族はその祖母だけで、
祖母は老後に手に入れた山にログハウスを建てて住んでいる。
祖母はもう『お金には飽きちゃったわ』
と言い
わざわざしなくていい
自給自足をして暮らしている。
まあ、そもそも
電気もガスも水道も通っていて
Wi-Fiまで飛ばしているんだから
自給自足ってじまんすることでもないのに、、、

『好きなように生きなさい』が
育ててくれた
祖母の口癖だ。


ある夜のこと。
以前、窓ガラスに絵を描いたカフェのオーナーに紹介されて
改装中のクラブ(音楽のほう)の壁の一角(ホールのほう)に薔薇の絵を頼まれて描いていた。

昼間は内装の業者さんがいるから、
誰もいない
夜に描いていた。


すーっとドアが開いて
『オーナーは?』と
一人の若い男の人が入ってきた。
かなり酔っている様子。

『今日はまだ会ってません。
 今日は来ないんじゃないかな』

『改装って、いつまで?』

『いつまでにこの絵を仕上げて、
 とは言われてないので、それもわかりません』

わたしは薔薇の細かいところを描いていて
もう、
そっちのほうは見なかった。

それからなん十分経ったのか
今日の分は描き終えた。

絵の道具を一ヶ所にまとめ、
電気を消して帰ろうとしたら
カウンターの中で
さっきの男が寝ていた。

わたしは
もうとっくに帰ったんだろうと思っていた。


『すみません。ここ、鍵かけて帰りたいので起きてくれませんか?』

大きい図体の男は『はい…はい』と起きたはいいものの
立って真っ直ぐ歩けるような状態ではない。

『タクシー呼びましょうか?』
『いいです』

『家、ちかくですか?』
『ないです』

『ない?』
『そう、ここのオーナーが住むところを世話してくれるはずなので』

『オーナーの連絡先は?』
男は
シャツのポケットから名刺を抜き取り
明かりを頼りに読んでいた。
『名刺には…(店の電話番号しか)書いてなかった』

『行くところもないの?』
『いま、どこも思い付かない』

仕方なく、
2ブロック先の
わたしの部屋に連れて帰ることになった。

ふらふらする大きい男を支えて歩いた。
背は高いけど細身でやや撫で肩。
肌はやや褐色で
目の色が薄い茶色だった。


その男が
『その指輪、すごくいいね!どこのブランド?』
とわたしの中指に光る金色の指輪をめざとく見つけていった。

『正真正銘のニセモノだよ。旅行先の露店で
 一個500円で買ったの』

『500円かあ、、、金かからない人で
 良かったあ』
男は心底、ホッとした顔で言った。

『なにが良かった、だよ』

でも、わたしは
安物の指輪だけど
とても気にいっているものだったから
誉められて嬉しかった。




その数ヵ月後。

わたしは妊娠していることに気づく。


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あの日、連れて帰った男は
わたしよりも
もしかしたら一回りか、
それ以上、下のようだ。

詳しいことはあまり話したがらないから
もう聞くことはやめた。
悪い人間ではないことは
すぐにわかったし。

名前を『ユウ』と言い、
改装中に出会ったクラブで
その後
DJとして雇われた。

ユウの住まいはオーナーに用意してもらったが
そこに住もうとはせず、
ずっとうちにいる。

『いらない』と言っているのに
生活費も自分の収入から
手渡してくれている。





『あのさ、妊娠したんだけど』

『俺の子でしょ?』

『そう。産んで育てるね、わたし』

『うん、いいよ』

『わたしの子だから、
 責任とれ、とは言わない。
 ユウはここが飽きたら
 いつ出てってくれてもいいからね』