2年前のこと。


 
 少し肌寒くなった午後。

 店が休みだったキョーコは
 息子のトオルと2人で
 東京湾の 
 とある埠頭に遊びに来ていた。

 
 トオルは
 貨物船がコンテナを積み下ろしするのを見るのが好きで、
もうひとつ
自分のルーツである国の船員に話しかけるのを楽しみにしている。

 今日も何人か
 顔見知りになった外国人の船員たちと
 簡単な言葉を交わしていた。

 トオルは母の使う関西弁も
 会話の中に取り入れて話すため、
 船員たちに可愛がられていた。



 太陽も落ちかけ
 2人は 
 帰宅するために 
 最寄りの駅に向かう。


 歩いている途中
 キョーコは自分の左の耳たぶから
 ピアスがなくなっているのに気づく。

 「 たいへん! ママのピアスが無い! 」

 慌てる母・キョーコに

 「 僕がおおきくなったら

   買ってあげるから

   もう暗いし、おうち帰ろう 」

 と 
 トオルは母親をなだめた。


 「 ありがとう。

   でもね、でもね・・!

   これは

   ママがトオルのパパから 

   もらった大事なものなのっ! 」


 「 そっか‥
   ママの大切はものは
   ボクにも大切なものだよね 」


  2人は手を繋いで
  さっき来た道を引き返した。




 埠頭に戻って、2人で
 一粒の小さなパールのピアスを
 無心で探した。

 どれぐらい時間が経ったのか、
 辺りは真っ暗で・・

  (もう無理かも)

 諦めかけたとき

 外灯で 
 ぼんやり光るものをみつけた。



 「 あった~~! 
   トオルっ 見つけたよ~!

       ・・トオル? 」


 キョーコは
 探しものに夢中になっていて
 トオルのことは 
 すっかり忘れていた。





 血の気がさっと引く。



 そのとき
 パタパタと小さな足音が近づいてきた。


 「 ごめん!
  ママね。
  夢中になって 
  トオルのこと
  ほったらかしてた。
  無事で良かったわ 」

 トオルは 
 その言葉には反応せず


 「 ママ! たいへんだよ! 
    ひとが しんでる!
    血が いっぱい出てる! 」


 トオルはキョーコの手を 
 力いっぱい引っ張った。

 
  
 トオルに連れてこられた暗闇で
 大きな塊を見つけた。


 
  その塊はわずかに動いていた。


 「 生きてる!
    助けなきゃ・・」



 キョーコは瀕死の男に駆け寄り
 声をかける。

 
 「 聴こえますか? 」

 男は弱く 
 息をしている。


 男の腹部から濃い色の血が沸き出ているように見える。

 「 刺されたの?撃たれたの? 」

 「 これ、警察に言っちゃ、ダメな感じ? 」

  男はかすかにうなづいた。

 「 じゃあ、救急車もダメね?? 」

 
  
 トオルは
 キョーコの背中ごしに男を
 のぞきこみながら

 「 ブラックジャックに お願いする? 」

 と 
 キョーコに話かけた。


 「 そうね。 そうするしかないわ。
   とにかく助けなきゃ 」


 


  


  男に声をかけ続けながら
  腹部の傷を
  タオルで止血する。
  やがて
  黒のワゴンが到着した。


  出てきた二人の男が
  無言で彼をワゴンに載せる。


  キョーコとトオルも
  続いて乗りこんだ。


 

 ハルキ (お借り画像)