ベースを始めると心に決めた。

早く触りたい。

となると自分のベースが欲しい。

 

そこで思うことがある。

「どうせならフレットレスベースをやりたい」のだ。

なんでかと言われると困るが、あの音が好きなのだ。

 

あと、学生の時の思い出が強烈だったこともある。

 

それはもう30年近く昔。
まだ蒸し暑かった9月の夜。
バンドの先輩から電話がかかってきた時のこと。

当時は個人で電話なんか誰も持っていない。

寮、と言っても見知らぬもん同士が雑居しているようなゴミゴミしたところに、ピンク色の公衆電話が一本あるだけだ。
しかも隣の棟。

 

のんびりした時代だったなー。

 

「電話ですよ」と窓越しに眠たそうな声。
ああ気持ちわかるー、めんどくせえよなー、ごめんねーと思いながら電話をとる。

先輩からは「今すぐビール買ってウチに来い」との強めの指令。

なんやねん、と思いながらも逆らえない。

原チャリでコンビニへ。
そしてビールとつまみを買い、先輩のところに向かう。

「失礼します」と部屋に入ると、

狭い和室にすでに4〜5人の先輩方が。
なんかイベントでもあったか?
すでに全員が酩酊気味。獣のような目をしている。
二人ぐらいはベッドの上に座ってこっちを見ている。
酒くさっ。男くさっ。

ここでわかった。俺は獣たちに捧げる追加ビールを運ばされたのだ。


こうなると頭によぎるのは「今日、スタジオ練習だったっけ?」とか、先日のライブの反省会、今日やったっけ?とかで、つまり「なにか大切な予定を忘れていた」?

また怒られるかもしれん?
という不安ばかり。
 

脳筋を全力でぶん回しても何も思い浮かばないので、

恐る恐る「今日なんかありました?」と聞けば、

ギターの先輩が「なんかありましたやとぅ?」と不機嫌な様子。


あー、なんか知らんけど俺またやらかしたなー、
そしてなんか知らんけど怒られるなーと腹をくくる。

 

「みろこれを!」
言われて振り向くと、和室の壁にデカデカと男の顔が。2m四方はあろうか。

部屋に入った時、背にしていたのと、酩酊した獣たちの異様なオーラで気が付かなかった。
コンビニの拡大コピーを繰り返して貼り付けてあるが、丁寧に仕上げられてある。

 

 

「誰?」

「アホかお前、ジャコ知らんのか」

…誰?

…どういう人?

 

ジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)

ベースの神様・開拓者・革新的奏法・前人未到のベーシスト・フレットレスベースを世に広めた人。

彼を褒め称える称号は枚挙にいとまがない。
ただ俺は当時はそんなこと知りもしなかった。

その「ジャコ・パストリアスの肖像」というアルバムカバーが、

デカデカと和室の壁に貼ってあったのだ。インパクトあったなぁ(笑)

 

そのジャコが、今日(1987年9月21日)、死んだのだという。
聞けば、警備員に殴られて。どういう死に方?何しとったん?ドラッグ?アルコール?

今ならwikipediaでもなんでも調べられるが、
その時は詳しくわからない。ただとんでもない死に方をしたその男のインパクトが全て。


そして獣たちはジャコの通夜をしていたのだという。

 

まあ俺は安堵した。俺案件じゃなかったのね。と。

なんかわからんが、飲みましょう!
俺、怒られずに済んだし。

 

これがジャコの出会いだった。

そしてその後ジャコにハマることになる。
フレットレスベースのあの甘い音に。

 

だからいう。フレットレスベースがしたいねん。

 

今回の「ベースの思い出」はここまで。