2月18日(土) 国立能楽堂
解説 「画家は何を書くのかー画題と能」 小林健二
狂言 『釣針』 (和泉流 三宅家)
シテ(太郎冠者)三宅右矩 アド(主)三宅右近 小アド(申し妻)高澤祐介
小アド(乙)三宅近成
(休憩)
能 『枕慈童』(喜多流)
シテ(慈童)出雲康雅 ワキ(勅使)野口能弘
笛:小野寺竜一 小鼓:森澤勇司 大鼓:石井影之 太鼓:徳田宗久 地頭:大村定
面:シテ「慈童」
ワンクリックミスで、2月23日(木)を買う予定がこの日になってしまう。加齢のせいだ。後で気付いて2月23日(木)の『鵜飼』観世銕之丞先生を買おうと思ったら、すでに満席だった。
狂言『釣針』、初めて。大藏流にも同じ『釣針』があるが、大分違う。和泉流は西ノ宮の恵比寿さまにお願いするけど、大藏流はそんなことはしない。
いつものように西門に釣り針があるから、それで妻を釣れとの御宣託夢。太郎冠者が見事に妻と腰元も釣る。太郎冠者も釣り上げるが、その衣被きを取ってみると、いつものように乙で、ドタンとして逃げ出す。ひどい話しだが、良いのだ。
三宅家は最近良いような気がする。右矩と近成の兄弟の腕が上がっていて、右近だけでは無くなってきた感じ。
能『枕慈童』、1回目は観世流で『菊慈童』。観世流以外は『枕慈童』という。
観世の『菊慈童』は、素謡も発表会で披露するなど、頭には入っている。が、喜多流は詞章も違う部分もある。同じ詞章の部分は、頭に入っている節で、頭で謡ってしまうと、節が違って、アレアレとなる。
謡の入らない舞いは、型の違いはあるが、まあ良い。「楽」は宜しい。が、中正面で調度目付柱が邪魔。
キリは、謡いも舞いも頭に入っているけど、違いばかりが気になって、楽しめない。
もはや、観世流じゃないと、能自体を楽しめないのかも。
3年間以上、流派に無関係にとにかく量を見てきたが、そろそろフェーズが変わってしまったか。
梅若会は、とにかく楽しいので観たい。観世も、観世会館でなければ観ても良いような。
その他流派は、人間国宝や、シリーズもの以外は、もはや避けた方が精神的に安定する。
こっちの頭脳も硬直してきた面もある。