10月9日(土) 国立能楽堂

解説 『貴種流離の王女と王子』 松岡心平

狂言 『清水』 (和泉流 野村万蔵家)

  シテ(太郎冠者)野村萬 アド(主)野村万之丞

(休憩)

能 『蝉丸』・替之型 (観世流 宗家観世会)

  シテ(逆髪)武田宗和 シテ(蝉丸)山階彌右衛門 ワキ(藤原清貴)殿田謙吉

  アイ(博雅三位)小笠原由祠

  笛:栗林祐輔 小鼓:鵜澤洋太郎 大鼓:安福光雄

  面:シテ逆髪「増髪」 シテ蝉丸「蝉丸」

 

解説は、すぐに寝た。25分という紹介だったから、たっぷり20分以上熟睡。お疲れ気味なので、休めて幸い。

 

狂言『清水』は何度も。記録上も6回目。

シテ太郎冠者とアド主の関係は、先代からの太郎冠者が歳を取っていて、若者の主が面倒くさいことばかり命令する、という関係か。そういう配役だからそう感じたか。

秘蔵の手桶をもって、清水を汲みに行ってこいと。解説によると、「野中の清水」というのは、野の中の、ではなくして、固有名らしく、場所も特定されている名水の地。鬼が出るという伝承があったとか。こういうのは勉強になる。

面倒くさいシテ太郎冠者は、手桶を捨ててしまって、鬼が出たと言って、水を汲まずに帰る。主が秘蔵の手桶だからと取りに行こうとすると、鬼に化けて阻止しようと。それだけではなくして、太郎冠者は心の優しいモノだ、酒を飲ませてやれ、蚊帳も吊ってやれ、未払いの給与も払ってやれ、だの、この際だと苦情を言う。不審に思った主がもう一度清水に行くと、待ち構えた主に面を取られてバレてしまう。

記録に残っている『清水』の配役は、どちらかというと、中堅から若者がシテ。解りやすい曲だからかな。

ところが、今回は、シテが人間国宝野村萬。これが秀逸。一点の隙もない、しっかりとした至芸。

アド主は孫の万之丞。で、後見に子息の万蔵が控える。

これが、『清水』のすべてだ、見ておけ、ということだな。しっかりと記憶しました。

 

能『蝉丸』は、3回目。初回は2019年9月に国立能楽堂で、シテ逆髪野村四郎、ツレ蝉丸に大槻文蔵。2回目は2020年12月横浜能楽堂で、両シテで、逆髪が大槻文蔵、蝉丸が浅見真州(最近亡くなった)という豪華配役だった。

今回は、両シテ。逆髪の武田宗和さんは、73歳くらいだけど、声が大きくて、前場でしっかりと立ち続ける様も決まっていた。蝉丸役の山階彌右衛門団は、63歳くらいと思うが、声がやや聞きにくい。

かつて、2度素晴らしい配役の『蝉丸』がしっかりと記憶に残っているから、期待もした。それに比べると、ややピシッとした緊張感に欠けるような気がするけど、いやいや、今回の配役も素晴らしい。以前に良きお能を観てしまったのだ。

丁度紀彩の会の仲間が、仕舞のお稽古で『蝉丸』をやっていて、その箇所は、練習を見ているから、親近感が湧く。

お能と、お稽古は、ホントに相関関係。

逢坂山に放置された蝉丸。捨て子だね。たまたま会った姉の逆髪。盲目の捨て子と、狂女。出会いと、再びの別れに深い心象風景が示される。

素晴らしいお能だ。