11月23日(土・祝) 国立能楽堂

桂風会とは、長山桂三の会で、源平屋島合戦と副題が付く。

能 『屋島』大事・那須与一語 (観世流 銕仙会)

  シテ(漁翁 源義経)長山桂三 シテツレ(漁夫)長山耕三 ワキ(旅僧)森常好 アイ(屋島ノ浦人)野村萬斎

  笛:松田弘之 小鼓:大倉源次郎(人間国宝) 大鼓:亀井広忠 地頭:野村四郎(人間国宝)

  面:紹介無し、ただ前シテ「笑尉」、後シテ「平太」と思う。

(休憩)

狂言 『二人大名』 (和泉流 野村万作の会)

  シテ(通りの者)野村万作(人間国宝) アド(大名)高野和憲 小アド(大名)中村修一

仕舞 『道明寺』 観世銕之丞

    『野宮』 長山禮三郎

    『求塚』 野村四郎(人間国宝)

(休憩)

能 『菊慈童』 (観世流 銕仙会)

  シテ慈童)長山凜三 ワキ(勅使)大日方寛 

  笛:杉信太郎 小鼓:観世新九郎 大鼓:小寺眞佐人 太鼓:柿原弘和 地頭:浅見真州

  面:「直面」でした

 

野村萬斎が、那須与一語をやるというので、他の演目など考えもせず、また日フィル定期演奏会があったのに、こちらを優先した。

那須与一語は、昨年10月7日、横浜能楽堂の修羅能の世界の企画中、修羅能関係の狂言を集めた回で、予備知識なく観た。その時は、ブログに記録があるが、山本則重が山本則俊の代役で勤めたモノで、一人で、身体を入れ替えながら三役くらい演じたので、驚いて、こんなモノが狂言であるんだ、と。で、今回、また那須与一語があって、しかも萬斎演じるとあって、実に楽しみにしていた。

 

『屋島』は2度目。最初は『八島』、喜多流だから。ストーリーは源平屋島合戦で、義経の戦いなどを前シテと後シテの幽霊が語り、舞うというモノで親しみがあるが、今回は、実は、さほど感心できなかった。なぜだろうか。

BG席が、やや声が聞こえずらく、詳細を追えなかったかったこと。見所が暗くて、持参した対訳本を見きれず、即時に理解できなかったこと。更に、後で気づいたのだけど、地謡の声が小さかったのではないか、同行者とも意見が合ったが地謡がやや乱れていた。要するに、地頭人間国宝野村四郎が、まとめきれなかったのではないか。地謡は、地頭が一番大きく発声して、引っ張っていくのだけど、それが弱かったのではないか。野村四郎、老いたか。1936年生まれ。83歳。

 

野村萬斎の那須与一語は、さすが、良かった。残念なのは、BG席でかぶり付きではなかったから、前回ほどの迫力を直接感じることができなかった。それでも、斜めから見る姿は、特に扇子を指し掲げる様とか、美しい。体を入れ替える様子も、キッとしていた。これぞというモノを観る時は、正面席にしなけらばならないと反省。最近は、安い席ばかりだったから。

 

『二人大名』初めて。万作88歳。声はかれているけど、動作はまだ軽い。

ストーリーは、従者を連れずに野に散策に出た2人の大名が、その内の1人は小太刀だけではなくて太刀をも持つけど、太刀を持たせようと、通りの者を権威で威す。太刀を預かったシテは、武力を背景に、逆に威して、小太刀を奪い、狩衣も奪い、犬の真似をさせ、鶏の真似をさせる。大名は、通りの者を「太郎冠者」と呼ばさせて威張っていたのに。

まあ、アホな大名のお話で、物真似をさせるところなど、ムカシの猿楽の名残か。楽しい狂言。

 

仕舞3曲。いずれも、銕仙会の重鎮。超お偉い方で、やはり、仕舞は素晴らしい。若々しさはないが、重みを感じる。

 

ここで、独自の党派論。観世とか、宝生とか各五流派は、政党と考えよう。最大政党の観世の中には、幾つかの歴史的な派閥があって、銕仙会は観世銕之丞率いる観世宗家の別家派閥。浅見真州率いる代々木能舞台は銕仙会内の少派閥。矢来の観世喜之率いる九皐会も有力派閥。ここには、鎌倉能舞台が属する。

今回は、銕仙会内の、大きな派閥になりかけている長山桂三主催の「桂諷会」企画。力があると見えて、銕仙会の諸重鎮が揃って出席。長山桂三は、最近世田谷に能舞台を作って、力を付ける。長山禮三郎の長男が耕三、次男が桂三、そして桂三の長男が凜三。

お能でも、後見に重鎮が付く。番組表でも、後見の中で、銕之丞は一段抜けて記載。

だから仕舞は、銕仙会の当主と人間国宝、もう一人は長山禮三郎になる。わかりやすい配役。

で、さて、我が梅若派閥はどうなっているのか。当主は実玄祥だけど・・、本来当主名の六郎は・・

 

最後の能『菊慈童』初めて。ストーリーは中国が舞台で霊水の源流を探らせると、不思議な少年が居て、不老不死の霊水を飲んで700年以上生きているとしたモノ。ストーリーより、とにかくシテ方の舞を見せる曲。

今回シテを勤めるのは長山桂三の長男凜三。2005年生まれ、14歳。ちょっと前迄子方だったらしい。美しい若者で、なんと直面。作り物の中から謡が聞こえるが、あれ、どうしても面を付けた声じゃないよね、と思っていて、幕が外された作り物から出てくるが、黒髪でよく見えない。良く覗くと、「直面」だ。普通は、「慈童」とか「童子」面を付けるのに、若さと美しさを狙ってか「直面」。回りのおばさま方も、あら、直面よ、などと騒いでいる。狙い的中。

舞も、しっかりしていて、動きも大きく、正確で、謡も、音程変化や節付けに、自分勝手さというか独自に工夫はまだなくて、書いてあるとおりに、そのまま上手に謡っている。唐扇を持つが、素人の型付けや謡に、もっとも参考になるような。あれならば、やってみたいなと思ってしまった。

後で調べたら14歳と言うことで、若い頃の世阿弥もかくあらんか。義満に寵愛されたのの再現かと。僕には稚児趣味はないけど、おばさま方は、グラッとくるのではないかな。可愛いって。

 

想定していたのとは別の面白さがあった能の会でした。

これで三日連続終了。翌日もある。