“『都民ファーストの会』には期待できない”?

~『都民ファースト』VS失言大臣~

■要旨

 『都民ファーストの会』と自民党の対立が激化する中、『都民ファーストの会』の議員は未熟であり都政を担うことはできないという批判が出ています。しかし、国政と都政では政治の仕組みや必要とされる資質が違いますし、小池知事や、彼女が実質的に率いる『都民ファーストの会』は地方自治に必要と考えられる情熱を持ち、世論を味方につけています。また、批判している自民党議員の実態を見てみると、若手もベテランも失言やスキャンダルが絶えず、政治家としての能力以前に資質が疑われるような言動も多く見られます。都議選が始まろうとしている今、都民は従来の腐敗した“政治家のための都政”を続けるのか、それとも政治を透明化し、都民を第一に考える“都民のための都政”へと転換するのか、選択するチャンスを得ているのです。

 

1 はじめに

都議選をめぐり自民党と小池百合子知事が実質的に率いる地域政党『都民ファーストの会』との対立が激しくなっています<a href="#1">(注1)</a>。そんな中で、自民党サイドから『都民ファーストの会』に対して、「急に誕生した政党にとても都政を支える力はない」(安倍首相:<a href="#2">(注2))、「当選することだけが目的の候補者が議席を取って、本当に東京がよくなるのか」(下村博文自民党東京都連会長:<a href="#3">(注3)</a>等の批判が繰り返されています。

今回はこれらの批判について検討してみたいと思います。

 

2 批判に対する検討

(1) 制度面からみた批判の検討

 まず、「急に誕生した政党にとても都政を支える力はない」との批判であります。この点については、地方自治制度が国と同様の仕組み(議院内閣制)を採用しているならば、まさにそのとおりだと思われます。

 

 国の場合は、「議員内閣制」を採用していますので、首相は多数派から選出され、その首相により内閣の構成員たる大臣が任命されますが、大臣の大半は国会議員から選ばれます。

 

大臣ともなれば、所管省庁の政策課題実現のために関係方面との調整・説得(時には力の行使)が必要となりましょう。

また、国会での大臣の答弁<a href="#4">(注4)</a>を聴いていると、官僚を含む専門家と議論する(専門知識が必要)中で、論点を整理し当否を判断する(判断力が必要)とともに、それを踏まえて相手を説得する力(単純なディベート力だけでなく人間力)も求められるでしょう。

最後に、巨大な組織のトップということですから組織を統治する能力も必要と

なるでしょう。

 

このように、大臣は、情報収集力、決断、実行という企業経営者的な能力が求

められると思います。したがいまして政治経験の乏しい、しかも組織運営に携わったことのない者に務まることはないだろうとの指摘はまさにその通りだと思います。

数年前、国民の大きな期待を受けてスタートした政権交代の仕組みが、未熟な政党である民主党の稚拙な政権運営<a href="#5">(注5)</a>によって崩れてしまいました。

その結果、現在私たちは、日本の民主主義の息の根が止まってしまったといっても過言でないような閉塞感に覆われていますが、民主党政権の失敗の根底には、自分たちの力を過信(力不足を認識せず“政治主導の”名のもとに強引な政権運営)したことにあったのではないかと思います。

 

しかし、日本の地方自治制度は、憲法93条で、地方公共団体の首長と地方議員を住民が直接選挙で選ぶ『二元代表制』をとるように定めております

二元代表制の特徴は、首長、議会がともに住民を代表し、議会が首長(執行機関)と独立、対等の関係に立ち、首長と議会が相互牽制・抑制と均衡によって緊張関係を保ち続けることが求められるところにあります。議会は、首長と対等の機関としてその自治体の運営の基本的な方針を決定(議決、具体的には、“条例の制定改廃”、“予算の決定”、“決算の認定”、“重要な契約の締結”等)し、その執行を監視し、評価することとされています。

 

『都民ファーストの会』の議員は、仮に、『都民ファーストの会』が都議会において過半数を占めたとしても、国会議員のように大臣(東京都の場合は局長ということになる)に任命されるということはありません。したがって、上に見たような能力をいきなり試されるということはないわけであります。

マックス・ウェーバーは政治家に求められる資質として、「情熱」、「責任感」、「判断力」を挙げていますが、今東京都議会議員に求められているのも同じだと思います。小池知事の掲げる「東京大改革:都政を透明化し、情報を公開し、都民とともに進める都政を実現すること」(平成28年9月28日所信表明)の実現に向けて情熱を持ち続ける。そのうえで、都民及び都庁職員と対話をしつつ何が必要かを判断し、それを責任もって実行していく。これらの能力は必ずしも経験により身につくというものではないと思います。

なお、念のために申し添えますが、このことは国会議員と地方議員とのレベルに差があると言っているわけではありません。求められているものが異なるということです。地方議員の中には、その後国政に進出して大活躍されている方はたくさんいます。下村博文自民党都連会長もそのようなコースを辿っておられます。

 

(2) 実態から見た検討

次に、「当選することだけが目的の候補者が議席を取って、本当に東京が良くなるのか」との批判について検討します。「議員は選挙に勝つことと、ポストを得ることしか関心がない」とよく言われますが、「議員も選挙に落ちれば、ただの人」といわれるように議員にとって、選挙が極めて重要であることはよく理解できます。また、ポストに関心を持つことも承認欲を持つ人間の本性のようなものでこれも理解できます。

それでは、批判する下村博文自民党都連会長の所属する自民党を見てみましょう

まず、若手の議員の実態です。

 

・中川俊直議員「不倫・重婚疑惑、ストーカー疑惑」により大臣政務官を辞任するとともに自民党を離党。

・宮崎謙介議員「不倫問題」で議員辞職。

・武藤貴也議員「未公開株問題」で自民党を離党。

・務台俊介議員「災害地の視察に革靴で行き、ぬかるみを職員に背負われて渡り批判された。その後、あの事件のおかげで長靴業界は儲かったと失言し、内閣府政務官を辞任。

 

というように不祥事のオンパレードです。「ベテラン議員の中には、『1・2回生

は、頭痛の種、ある種“野放しの地鶏”だ。コントロールしておかないと何を

しでかすか分からない。』という人がいる」(伊藤淳夫:4月25日“ひるおび”

におけるコメント)といわれています。

自民党衆議院議員290名のうち1・2回生議員は、122名(全体の42%。その内1回生16名、2回生106名)となっています。大丈夫なんでしょうか?

 

では、ベテラン議員はどうでしょう。

 

・4月4日、今村雅弘復興相が記者会見で、いわゆる自主避難者について「自己

責任」だと述べた上、フリーの記者の質問に激高し(平常心を失っていた)

批判を浴びた。また、今村氏は25日、講演で東日本大震災の被害をめぐり「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」と被災者たちの心を傷つける大失言をし、翌26日大臣を辞任(事実上の更迭)しました。

・4月16日、山本幸三地方創生相が、講演で文化財の保護と観光の振興をめぐり「一番のがんは文化学芸員。この連中を一掃しないとだめです」などと発言。翌17日には、「発言が適切ではなかった」として撤回、謝罪しています。

・昨年秋には、山本有二農水大臣が、佐藤勉衆議院議院運営委員会委員長のパーティーで「TPPを強行採決するか・・・佐藤さんが決める」と失言して批判を浴びると、その後別のパーティーで「冗談言ったら、首になりそうになった」と放言しています。

というように若手議員と大同小異の状況です。

ここに挙げた3名の議員は、いずれも輝かしい経歴の持ち主ですが、人間性に問

題があることに加え、状況判断能力も欠けているように思います。

特に、今村氏と山本幸三氏は、7回当選年齢はほぼ70歳で初入閣となっていま

す。典型的な大臣待機組で、このような議員は自民党内に60~70人いるとい

われております。大臣待機組とは、本人は大臣を望んでいるのに、時の総理大臣

が「大臣にふさわしくない(総理は任命責任を問われます)」と判断した結果、

大臣になれず、当選を重ねている議員と考えていいと思います。

 

3 まとめ・・・都民にとっては絶好のチャンス

地域政党『都民ファーストの会』としては、初めての選挙であり、政治経験も

なく、組織マネジメントの経験も不足している候補者もいると思いますが、地方議員の経験者も相当数おられるので、その方々の経験をフルに生かせば、十分にカバーできると思います。

小池知事は、「日本新党」の組織委員長の時、候補者の公募に関わっていますが、当時公募の結果選ばれた議員の皆さんは、その後も与野党に分かれながらそれぞれ大活躍しておられます。その意味で、小池知事の経験を活かしている『都民ファーストの会』の人材を発掘する能力は相当に高いと考えてよいと思います。

 

 また、2で検討したとおり、批判している自民党も「よそのことを心配している場合ですか」といってよい状況です。

 

このようにみてきますと、今回の都議選は都民にとって絶好のチャンスだと思います。自民党はすべての選挙区に公認候補者を擁立することを決定しています。他方、『都民ファーストの会』も公認・推薦の候補者をすべての選挙区に立てることになると思います。その結果有権者である都民は、すべての選挙区において、都民本位の行政に都政を変えるのは誰か、判断力・責任感には問題がないか等々じっくり比較検討することができることになりました。

東京都は、都民が無関心なことを良いことに公私混同を繰り返していた石原・舛添両氏が知事に就任していました。“組織は頭から腐る”といわれますが、トップが問題行動を繰り返せば、組織全体がおかしくなってきます。特に、小池知事就任以前の都庁のように「自分たちの都合のいい情報は開示するが、不都合な情報は廃棄してしまうか、都民に開示しない」という方針をとっていれば、なおさらです。

その意味では、絶好のチャンスであるとともに“最後のチャンス(この機会を逃すと、当分チャンスは巡ってこない?)”ともいえるのではないでしょうか。

 

■備考(議院内閣制と二元代表制)

1 議院内閣制とは・・・

議会と政府との関係の点から見た政治制度の分類の一つで、議会と政府(内閣)とが分立した上で、行政府の主体たる内閣は議会(二院制の場合には主に下院)の信任によって存立する政治制度である。

議院内閣制の特徴

①  権力分立の観点からみると、議院内閣制は議院統治制とは異なり議会と政府

は一応分立しているものの、アメリカ型の大統領制のような厳格な分離は取られず、政府は議会の信任によって存立する。

②  民主主義的の観点からみると、内閣の首班(首相)は議会から選出されるこ

と、内閣は議会の信任を基礎として存立し、議会は(主に下院)内閣不信任を決議しうること、内閣には、法案提出権が認められること、内閣の構成員たる大臣はその多くが議員であること、大臣には議会出席について権利義務を有することなどを特徴とする。(ウィキペディア)

 

2 二元代表制とは

・・・立法府を構成する議員と行政の長をそれぞれ直接選挙で選ぶ制度で、議院内閣制とは対照的な概念。二元代表制では、議員は法律や予算などを審議・決定する権限を持つが、その執行は行政の長が責任を持つため、立法権と行政権の分離を徹底できる利点がある。

日本では、憲法93条で、地方自治体の首長と地方議員を住民が直接選挙で選ぶ二元代表制をとるよう定めている。(日本大百科全書:ニッポニカの解説/抜粋)

 

 

■注釈

<a name="#1">(注1)</a>

都政の主導権を巡って小池知事と自民党東京都連が、激しく対立していることは間違いありません。しかし、自民党本部と小池知事との関係となるとやや微妙であるようです。

18日夜、赤坂の料亭で安倍首相と小池知事を含む数人の政治家が顔を合わせています。一言でいえば、” (これは私がなずけたのですが)小泉内閣同窓会”です。

小泉さんと山崎拓(副総裁)が会う約束をし、そこに武部幹事長(当時)が合流。当日の朝になって、武部さんが小池知事(当時は環境大臣)に電話で「案内」をしたところ、「夕方の講演の後合流できるかもしれない」との返事があり、それではと正式?の案内となった模様。安倍さんは、別の席で経済界の人たちとの会食に参加していました。「別の席」とはいっても”小泉内閣同窓会”が開催されることを知ってわざわざ会食の会場を変更している(ただし、その時は、小池知事が参加することはわかっていなかったと思われる)ようです。

 

「偶然を装いながらこのタイミングで遭遇したのは」、都議選後も、「安倍首相は、安定政権へ向けての協力期待し」、他方、小池知事も「東京五輪・パラリンピックの成功はもちろん、都政の課題の多くは政府・与党との連携が不可欠である」ことから、「互いに“保険”を掛けるという隠された意図があった」(4月26日、日経新聞朝刊)といわれています。

 

安倍第1次内閣(短期間に崩壊)では、小池さんは防衛大臣(女性初)を務めたりしていて、関係は悪くありませんでした。

しかし、その後、総裁選で安倍さんと対抗していた石破茂氏を小池さんが支持したことから、関係はややぎくしゃくしているようです。しかし、安倍さんとしては、小池さんを刺激し過ぎて、大阪の二の舞(大阪の自民党は完全に”日本維新の会”に乗っ取られてしまったようなものです)を東京でも繰り返すことは、「長期政権、憲法改正という”歴史に残る偉業” を目指している」安倍さんとしてはどうしても避けたいことだと思います。都議選の結果は、国政に大きな影響をもたらす可能性があるということです。そういったことから、日経新聞で述べられているように「お互いに“保険”を掛け」たのだと思われます。

 

<a name="2">(注2)</a>4月11日、都議選に向けて自民党都連が開いた“決起集会”における安倍首相の発言。

 

<a name="3">(注3)</a>4月25日、下村博文自民党東京都連会長の講演での批判。

    

<a name="4">(注4)</a><政府委員制度について>

平成11年(1999年)に成立した『国会審議活性化法』により、平成13年(2001年)から副大臣・大臣政務官制度が新設されるともに政府委員制度(各省庁の局長級が任命されていた)が廃止されています。これにより、「それは重要ですから、政府委員に答弁させます」という有名な“大臣の一言”が使えなくなっています。

 

<大臣と政府委員について>

大臣は、どんなに優秀な人が就任しても、必ずしも「その分野の専門家である」とは限りません。他方、政府委員(官僚)はその省庁の世界では、ある意味”専門家”ですし、何より有利なのは 巨大なデータベースともいえる官僚組織をフルに使えることです。

よって、政府委員のほうが特定の分野(例えば、○○法改正というような場合、特に技術面では)の専門性は格段に上であることが多く、政府委員と大臣との専門性に関する比較は、大臣にとって”酷”と言えることです。

 

<政府委員と副大臣大臣政務官の違い>

政府委員が官僚であるのに対し、副大臣、大臣政務官は、大臣と同じ“政治家”です。また、力量も大臣になれない人、若く経験の乏しい政治家とみてよいでしょう。

 

今も政府委員制度と似たような制度はあるようですが、大臣にとって「従来の政府委員制度」に比べて使いにくいようですね(直接聞いたことはありませんが)。だから、大臣が秘書官等から耳打ちされながらも自分で答弁していますが、立ち往生する人も出てきます。

 

<a name="5">(注5)</a>外交・国防の基本も理解せず立ち往生の末、退場した鳩山由紀夫

氏(氏は、今も恥の上塗りのような行脚をしている)。東日本大震災の際、指揮官(菅直人氏)が現場に突入して混乱を招いたほか、法令上の組織を活用せず、法的根拠のない本部・会議を乱立させたことにより、指揮命令系統が麻痺し、迅速な対応や適切な情報提供ができず、戦後最大の「人災」を引き起こしたといわれています。また、宿痾(し

ゅくあ)ともいえる小沢一郎氏の“ぶっ壊し”等々いずれも国民の期待を大きく裏切るものでありました。