永源寺で在宅医療をされている花戸貴司先生の著書を読んだ。

 

 

 

 

 

 

 

そうそう。

それそれ!ほんまそれ!

私もそう思うーーー!

 

 

うなづいてばかりの内容だった。

書かれた場面に流れる空気が伝わり、何度も心が震えて涙が流れた。

 

 

自分が大事にしたいことがこの本の中にあって、

するすると自分の中に溶けていく。

もともと知っているような感覚で、

今自分がそれができているかどうかはさておき、(←置くのかよ笑)

 

ここがこんな場所になったらいいな~

ここでこんなことしたいな~

という思いが

 

”私やったら絶対できる”

そんな力強い感覚になった。

 

 

 

 

 

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訪問看護は好き。

 

私が利用する立場だったら私みたいな人に来てほしいと思うし、自分でそう思える在り方ができていることも嬉しい。

 

だけど、それに伴う責任や決まりや事務仕事(←苦手すぎる、、、)などが重い。重くて逃げ出したくなる、すぐに。

 

その重さに苦しくなって、

「ほんとはやりたくないんと違うか?」

「ありがとうって感謝されるからやってるだけか?」

「やるって言ったからにはやり続けんとってゆう義務感だけでやってるんちゃうか?」

とか考えだして、混乱。

 

「嫌だったらいつでも辞めていいよ」って自分に声かけながらここまで来たけれど。

 

 

 

 

 

 

花戸先生の本読んで、こんなに心が反応している私がいるんやもん。この反応を、なかったことにしたら絶対後悔するわ。

 

 

 

 

「暮らしを大切にした医療・看護を提供できる人でありたい」

 

 

自分の中に確かにあるこの思いに、自信を持とうと決意した。

 

 

 

 

 

住み慣れたところで安心して暮らせる。

暮らした場所で最期を迎えられる。

お別れの準備、気持ちを伝えあえる時間があること。

年をとる、亡くなるといういのちをもって伝えられるギフトがあること。

 

 

昔はそれが暮らしの中に自然にあって、

当たり前だった。

 

そうゆう自然な姿を、私は大切にしたい。

 

 

 

 

私はそうではない世代に生まれているし、自分の経験値だってしれている。

だけど、脈々と流れる私のいのちにはしっかりと刻まれていて、

どっからそんな思いが沸いてくんねんってくらいどっしりと存在している。

 

今書いててもそうやし、こうゆうことを考えているときには涙が出そうなほどグッとくる。

 

 

それが、私。