【牛頭天王と蘇民将来子孫也の謎】

その昔、牛頭天王が老人に身をやつしてお忍びで旅に出た時、とある村に宿を求めた。このとき弟の巨丹将来は裕福なのに冷淡にあしらい、兄の蘇民将来は貧しいのにやさしく迎え入れてもてなした。そこで牛頭天王は正体を明かし、「近々この村に死の病が流行るがお前の一族は助ける」とのたまった。果たせるかな死の病が流行ったとき、巨丹の一族は全部死んでしまったのに、蘇民の一族は助かったという伝説です。

が、この牛頭天王と蘇民将来の伝説は、中国から伝わったとされる民俗信仰です。そもそも蘇民将来とか巨丹将来なんて、日本人の名前ではないですよね。
牛頭天王は日本では素戔嗚の神と言われていますが、でも牛頭天王の話は記紀には載っていません。なのに、八坂神社の茅の輪くぐりで唱えたり、伊勢の家々の玄関には、蘇民将来子孫也のお札が貼られているのはなんででしょうか?

牛の頭の神様は中国だけではなくメソポタミア地方の神様にもいます。やっぱり日本から外国に派遣された素戔嗚の神は色々な国々で出現しているみたいなイメージを受けます。