【十一歳の少年皇太子殿下(現上皇陛下)の作文】
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「今度の戦で我が忠勇な陸海軍が陸に海に空に勇戦奮闘し、殊に特攻隊は命を投げ出して陛下の御為笑って死んで行きました。又国民も度々の空襲で家を焼かれ、妻子を失っても歯をくひしばつてがんばりました。このやうに国民が忠義を尽して一生懸命戦ったことは感心なことでした。
けれども戦は負けました。それは英米の物量が我が国に比べ物にならない程多く、アメリカの戦争ぶりが非常に上手だつたからです。その原因は、日本の国力がおとつてゐたためと、科学の力が及ばなかつたためです。それに日本人が大正から昭和の初めにかけて、国の為よりも私事を思つて自分勝手をしたために今度のやうな国家総力戦に勝つことが出来なかつたのです。
これからは団体訓練をし科学を盛んにして、一生懸命に国民全体が今よりも立派な新日本を建設しなければなりません。
今までは、勝ち抜くための勉強、運動をしてきましたが、今度からは皇后陛下の御歌のやうに、つぎの世を背負って新日本建設に進まなければなりません。それも皆私の双肩にかゝつてゐるのです。
それには先生方・傅育官のいふ事をよく聞いて実行し、どんな苦しさにもたへしのんで行けるだけのねばり強さを養ひ、もつともつとしつかりして明治天皇のやうに皆から仰がれるやうになつて、日本を導いて行かなければならないと思ひます。

○皇后陛下の御歌というのは、疎開した少年少女のために詠まれた

「次の世を背負ふべき身ぞたくましく、正しく伸びる里にうつりて」

という御歌です。