【明仁皇太子殿下とマッカーサー元帥との御会見】

         

昭和天皇は昭和二十年九月二十七日、東京赤坂のアメリカ大使館に連合軍最高司令官のマッカーサー元帥を御訪問され、その後、元帥との会見は元帥が解任されるまで十一回にも及びました。皇太子殿下(現 上皇陛下)も同二十四年六月二十七日、高校一年の十五歳のときヴァイニング夫人とともに、当時連合軍最高司令部のあった東京丸の内の第一生命ビルに元帥を御訪問されたことがあるのはご存じでしょうか?


以下に夫人の手記の日本語訳を掲示します。

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「第一生命ビルの前で車がとまった。 元帥の副官であるバンカー大佐が出て来て車のドアをあけてくれた。殿下は訪問者帳に『六月二十七日 AKIHITO』としっかりした特徴のある筆跡で、さっさと署名された。

『はじめまして殿下。 よくいらっしゃいました』

と元帥が言った。 『はじめまして元帥。 あなたにお目にかかれてうれしく思います』と殿下が答えられた。元帥は殿下を長椅子にご案内し、パイプに火をつけ、会談が始まった。

征服者である一人の将軍が、昨日までの敵の息子をくつろがせ、前途有為の少年に対する年長者の温かい興味といったものを示しながら、しかも、同時に一国の皇太子への当然の恭敬の色を見せながら、殿下に話しかけている姿を見た。

また、敗戦国の皇帝の子息が昨日までの敵の頭目に面と向かいあって、おめも臆しもせず、 少年らしい威厳を保って、率直に受け答えしている姿を見た。今日この世界で、こんなことが起こり得たのを目のあたりに見て、私はうれしくてならなかった。

この会見の間、終始、殿下は自然な、 ゆったりと落ち着いたご態度だった。微笑をたたえて興深げなご様子で、元帥の眼をまともに見つめられるし、私の方をまともに振り向かれるし、部屋の中を落ち着きなく見回されるようなことは全然なかった」

        👇以下会話の内容

元帥 「今、何年生ですか。 学校には何人の生徒がいるのですか」

殿下「知りません。学習院には小学校、中学校、高校、大学とありますので、全部で何人の生徒がいるのか。私のクラスには三十人の生徒がいます」

「殿下が学習院の話をなさると、元帥は私(バイニング夫人)の方を向いて 『昔の華族学校のことですか』 とたずねたが、殿下は即座に「今では華族は学校にたくさんはいないのです』と答えられた」。

元帥 「野球はしますか」

殿下「いいえ、テニスをします」

元帥 「テニスね。いいスポーツだと思います。

私は、デビスカップで日本のテニス選手が、

アメリカの偉大な選手チルデンとジョンソン

と、フォレストヒルでプレーをしたのを覚え

ています」

元帥 「水泳は」

殿下「はい、泳げます」

元帥 「そうですか。 私は一九二八年のアムステルダムのオリンピックでアメリカ代表団長だったが、その年、日本が新しい泳法を編み出してね。 水泳で多くの種目に優勝しました。

アマチュア・スポーツはとてもいいですよ」

「いろんな国の大学の話が出ると、殿下は元帥がどの大学に行ったのかとおたずねになり、いつでもよく話題になるスポーツの話が出ると、突然殿下は 『元帥は何かスポーツをおやりですか』とおっしゃって元帥をびっくりさせた」

元帥 「若い時代にはしました。 昔は水泳もしたし、テニスもしました。 しかし、野球がもっとも得意でした。野球はいいですよ」

元帥 「ところで、お父さまには、どのくらい会いますか」

殿下「週に一回です。 いいえ、土、日の二回皇居で会います」


元帥「もっと多く会いたいと思いませんか」

殿下 「いいえ、思いません」

元帥 「毎日、ご両親に会いたいと思わないのですか」

殿下 「この方法がよいのです。(訂正して

の方法もよいのではないですか」

元帥 「大学はどこに行かれるのですか」

殿下「まだ決めていません」

元帥 「なぜ、お決めにならないのですか。 友人たちはどこの大学に行きたがりますか。 東大ですか、早稲田ですか」

殿下「東大か学習院です。元帥はどこの大学ですか」

元帥 「ウエスト・ポイントです」

殿下 「ウエスト・ポイント?

元帥 「軍隊の学校ですよ」

殿下「ああ、そうでした」

元帥 「世界を見ることはよいことです。 アメリカとイギリスを訪問されるとよい。 世界は小さくなりつつありますよ」

        

「殿下は〝世界が小さくなるゲッティング・スモーラーの意味がわからず、私が訳を説明すると

『イエス、イエス』と答えられた」


元帥 「外国を見るのはよいことです。外国人と知り合い、理解し、友人になるのはよいことです」

殿下「私もそう思います」

元帥 「多くの点でお父さまに似ておられる。

(私に)殿下を連れて来ていただいてよかっ

たと思います」

「二十分ばかり話し合った元帥は『殿下はキャンデーを一箱お受けくださるだろうか』と私にたずねた。殿下はお礼をおっしゃって、箱を小脇にかかえられた。こうして歴史的な会見は終わりを告げたのである。

ご存じの限られた英語を巧みにお使いになり、わからない単語や熟語が出て来ると、正直にわからないとおっしゃるのだった。それは、有望な少年が突然期待にこたえてくれた姿を見たときに感ずる、あの心楽しい一瞬とでもいうべきもので、まことに幸先のよいことだった。

殿下は明らかに、いざという場合にその本領をもっともよく発揮することのできる少数の人間の一人であって、 危局にのぞんで崩れ去るような不幸な人間の仲間ではなかったのである」

元帥はあとで 「殿下は落ち着いて、まことに魅力的なお方だ」と、殿下の印象を話していたといい、皇太子の堂々たる様子がうかがえる。

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以上、ヴァイニング夫人の手記から抜粋