ここのところ

知り合いともよく話すのだが

面会制限についてよく苦情がきて

でもどうしようもなくて

辛い、という話をする

 

さくねんに比べて

ワクチン接種が広まり

コロナにも慣れたためか

コロナなんて軽症だ、となっているのかも、と

知り合いは話していた

重症化する人も少なくないけど、と。

いつまで続くのか、みんな疲れちゃったよね、と

話していた

 

 

どうすればいいのか

やっぱり普段から会っておくことだと

思う。

 

会いたい時に会えない

でも会える時もあったはず

 

 

入院して

会えないと知ると

急に会いたくなるのかな

 

 

会える時に会うのは

難しい

そんなことは難しいんだよ

 

 

きっとそういうご意見をいただくと

思うけど

 

 

 

なぜ

元気な時

会わなかったの?と

いつも感じる

 

 

病気になって

心配かけたくない、とか

迷惑かける、とか

いろいろな考えはあると思うけど

 

 

会いたいと思えば

会える

 

 

話したいと思えば

話せる

 

本当に今までその機会は

一度もなかったのだろうか

 

なのに

急に入院となって

会えないとはどういうことだ、と

お叱りを受ける

 

 

わかってる言われなくても感じてる

私たちも人間だから。人だから。

現場を辞めたくなるくらい

どのスタッフも

疲弊して

コロナのせいなのに

誰にもどうしようもできないのに

詰め寄られて

 

みんな疲弊している

 

でもそれが悲しみからくるのだから、と

心に蓋をして

耐える

 

 

 

 

”緩和ケア病棟なのに”

 

緩和ケア病棟の患者は

コロナに罹って亡くなってもいいと

思ってるの?

 

 

そんなはずないじゃない

大事な大事な命

 

 

予想外のことで命を終わらせるなんて

コロナに罹れば

これ以上の苦痛を与える

 

 

会いたいのであれば

会う

 

自ら行動を起こしてでも

仕事を休んででも

休日を潰してでも

 

 

会う

 

普段から

元気な時から

通院している時から

 

 

会う

電話する

会話する

 

確かにそういった医者もいたよ

”緩和ケア病棟の患者さんは

命が限られているんだから、

面会くらい自由にしてあげたら?”

”コロナに罹っても罹らなくても、ね?”

 

断じて立ち向かう

 

どうしようもないことはある

 

でも防げることもあるのだから

 

 

後悔する気持ちが怒りになるのは

誰にでもある

あたりたいだけ

私たちに当たってもいい

 

 

 

会える時に会いたい時に

会う

 

 

 



 

「普段から話もしてるから」

「後悔なんてないんだよ」

「そりゃあ会えないのは寂しいけれど」

「辛い姿は家族には見せたくないし」

「ちょうどこの距離感が今はいい」

「人間は一人で生まれて一人で死ぬんだよ」

 

 

「面会制限。辛いよね」

「でも少しでも会えるし」

「後はスマートフォンもある」

 

理解してくださる方もあるんだから

踏ん張らないといけない

そしてコロナが早く終息に向かうことを

とにかく生きて待つしかない