どの動画だったか忘れてしまったのだけど「様々な人種が居たのだけどホモサピエンスのみ生き残った」という発言があった。発言者は脳科学者の中野信子さんなのだけど、その意味深な発言を暫く考えていた。そして、今自分の見えている世界を通して見えたものが「いじめをする、排斥する、そんな種だから生き残った」のではないかと。
もし困っている集団が居たとして、その集団を容赦なく攻撃排斥出来る集団と、その集団を保護する集団の2つの集団が居たとき、どちらの集団が生き残るのか。
答えは明確で、容赦なく攻撃排斥できる集団が生き残る。
容赦なく攻撃出来る集団が劣勢のときは、困ったら助けられる集団は困っている人達を助ける行動を行う。それは攻撃出来る集団が劣勢でも生き残れる事を意味する。その状態から、少しでも形成が逆転したら、攻撃出来る集団は保護する集団を攻撃し、殺し尽くす事が出来る。
シーソーは振動しない。
攻撃出来る集団が劣勢から開始しても、最終的に攻撃出来る集団が生き残る。「いじめをやめられない脳」を持つホモサピエンスが生き残った理由はそんな理由なのではなかろうか、と。
もしそうなら、それはとても残念な事だな、と。
なにより自分も間違いなくホモサピエンスだという絶望を伴った残念さにほかならない。そしてきっと脳科学者もそれを理解しているだろうとも。
その残念さは「ごく少数の未来ある人間」を残してリセットボタンを押しかねない。
それはまるで箱舟の話。
残念な振る舞いをしている人が多いとそういう結果になりかねないよ、と。
自分が残念な振る舞いをしていないかよくよく見なおした方がいいよ、と。
箱舟の話にはそういう意味合いが含まれているのではないかと常々思う。
まだ人類は「残念な人達を殲滅できるような科学力」は手に入れていないと思う。
その科学力を手に入れたとき、残念な振る舞いをする人が多いとリセットを押されかねない。「次の世界大戦は投石とこん棒」の意味はそういう事ではないかと勘ぐってしまう。全ての科学的な基盤を失ってでも、残念な人達を殲滅した方が人類にとってプラスだと「賢く権力を持つ人が判断する」そんな状況。
自分が「残念な脳」に振り回されていないか、よくよく確認してみる必要がある。
少なくとも私は「残念な脳」に振り回されている事に気が付いた。
シャーデンフロイデという残念な脳の反応がある。中国語なら「幸災樂禍」
日本語なら「ざまみろ」とか「人の不幸は蜜の味」あたり。
それが今風に「メシウマ」になっている。
「メシウマ」「メシマズ」に嫌悪感を抱かない時点で、自分も同じ程度でしかない、と気が付いてしまった。(慣れてしまったというのはあるかもしれないけど)
結局集団の中に属し、その集団の中で反応している限り、その集団の中で争っているだけで全然成長しないのではないかとも思った。
そう思うようになったのは、コロナ禍で一人でいる事が多くなり考える時間が増えたから。人に反応する時間を減らし、一人で考えれば考えるほど自分の残念な部分がよく見える。
それは人を見ている限り見ることができないものだとおもう。